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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14123号 判決 1990年7月27日

主文

一  被告は、原告両名に対し、各金四〇七万一七〇二円及びこれに対する昭和五八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告らの連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

第一  請求

一  被告は、原告両名に対し、各金二三九八万九一六〇円及びこれに対する昭和五八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宜言

第二  事案の概要

一  原告の主張

1  当事者

<1> 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、亡甲野春子(昭和五八年一二月三日死亡。以下「亡春子」という。)の父であり、また、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、亡春子の母であつて、原告両名以外に亡春子の相続人はいない。

<2> 被告は、東京都墨田区江東橋四丁目二三番一五号に東京都立墨東病院(以下「墨東病院」という。)を開設しており、また、訴外市橋秀夫(以下「訴外市橋」という。)は、被告によつて雇用され、同病院の神経科で診療に従事している医師であり、訴外草島良子(以下「訴外草島」という。)は、被告によつて雇用され、同病院の神経科で看護に従事している看護婦である。

2  本件死亡事故の発生

<1> 亡春子は、昭和三二年一月二〇日生まれの女性であつたが、昭和五八年一一月一五日精神分裂病の治療のため、墨東病院神経科に、昭和六二年法律第九八号による改正前の精神衛生法三三条に基づき、亡春子の保護義務者である原告らの同意によつて入院した。

<2> 亡春子は、墨東病院神経科に入院中の昭和五八年一二月三日、同病院で定めた入浴時間内の午後一時三〇分頃、同病院内に設けられた浴室において、一人で入浴中、午後二時頃に至り、同浴室の浴槽内に沈んでいるところを発見され、手当てを受けたが、同日午後一〇時〇〇分死亡した(以下「本件死亡事故」という)。

3  因果関係

<1> 亡春子の死因は、溺死であり、入浴中、浴槽内において溺れ、気道内に水を吸い込んだことにより、窒息して死亡したものである。

<2> 亡春子は、本件死亡事故当時、担当医である訴外市橋の指示により、精神分裂病の治療のため、抗精神病薬であるハロペリドール(リントン)一八ミリグラム、ゾテピン(ロドピン)三〇〇ミリグラム、レボメプロマジン(ヒルナミン)一〇〇ミリグラム、抗精神病薬の副作用の一つであるパーキンソン症候群を押さえる抗パーキンソン剤である塩酸プロメタジン(ピレチア)二五ミリグラム、塩酸トリヘキシフェニジル(アーテン)六ミリグラムなど、循環器等に、起立性低血圧、血圧降下、頻脈、不整脈、心電図変化に続く突然死等の副作用を及ぼす医薬品の投与を受けていたところ、亡春子が入浴中に浴槽内で溺れたのは、右医薬品の副作用によつて生じた起立性低血圧、血圧降下、頻脈、不整脈、あるいはこれに入浴によつて生じた血液循環の不均衡化等の要因が加わり、これらを原因として、脳貧血等による失神発作を起こし、水没したことによるものである。

<3> 仮に、亡春子の死因が溺死でないとすれば、亡春子に投与されていた抗精神病薬の副作用による突然死である。

4  被告の債務不履行責任(主位的請求原因)

<1> 亡春子が墨東病院に入院した昭和五八年一一月一五日、亡春子の保護義務者である原告らと被告との間に、亡春子が墨東病院において精神分裂病の診療及び看護を受けるについて準委任契約(以下「本件診療契約」という)が成立した。

<2> したがつて、被告は、亡春子に対し、最も妥当な診療及び看護行為をなすべき義務を有していたところ、被告の履行補助者である訴外市橋及び訴外草島らにおいて、後記5及び6のとおり、十分な診療及び看護行為を尽くさなかつた債務不履行により、本件死亡事故を発生させるに至つたものである。

5  訴外市橋の診療義務の懈怠について

(抗精神病薬等を投与するにあたつての検査義務の懈怠)

<1> 訴外市橋が本件死亡事故当時に亡春子に投与していた抗精神病薬であるハロペリドール、ゾテピン、レボメプロマジン、抗パーキンソン剤である塩酸プロメタジン、塩酸トリヘキシフェニジル等の医薬品については、起立性低血圧、血圧降下、頻脈、毛細血管拡張のほか、不整脈、伝導障害、心電図変化につづく突然死等の重篤な副作用を生ずることがあること、このうち、心電図変化につづく突然死については、精神的な感動、入浴、激しい体動などをきつかけとして起こることが多いこと等が知られていたところ、これらの医薬品を投与するにあたつては、患者に対する観察を十分に行い副作用の発現に注意しながら慎重に投与すること、投与により患者に心電図変化が現れることがあるのでその観察を十分に行い異常が認められた場合には薬剤の減量又は投与を中止すること等が、当該医薬品の添付文書(能書)等において、使用上の注意事項として明確に指摘されていた。

<2> ところで、訴外市橋においては、担当医師として、精神分裂病により入院中の患者に対してその治療のために抗精神病薬等の医薬品を投与するについては、その使用上の注意事項を遵守し、重篤な副作用が発現しないようその安全に最大限の配慮をなすべき診療契約上の義務を負つていたのであるから、亡春子に対してもその副作用の発現に注意し、他覚的な身体症状の有無等について観察を十分に行うことはもとより、患者からの自覚症状の訴えにも十分に注意を払うとともに、脈搏や血圧等の測定を頻回に行い、心電図検査等を定期的に行うことにより、その異常の早期発見に努め、もし、何らかの異常を発見したときは、速やかに、薬剤の減量や投与の中止、あるいは副作用の少ない薬剤への変更等の適切な措置をとり、もつて、副作用の発現による死亡事故等の重篤な結果の発生を未然に防止すべき注意義務を負つていたものである。

<3> しかるに、訴外市橋は、本件死亡事故当時、亡春子には、低血圧(亡春子の血圧の測定は、入院以来、一一月一五日、同月一六日、同月一八日の三回行われているが、次第に下降しており、最終回である一八日の測定値は、一〇〇mmHg~六〇mmHgとなり、さらに下降する傾向を示していた。)、頻脈(亡春子の脈搏は、本件死亡事故発生の三日前より高い傾向にあつた上、本件死亡事故当日の午前中には入院以来見られなかつた一分間に一二〇回という異常に高い数値を示していた。)、強い眠気、著しい口渇、便秘等の抗精神病薬等による副作用が発現しており、亡春子自身においても、ろれつが回らないとか、ふらふらするなどの自覚症状を訴え、薬が強すぎるから減らしてほしいと希望していたにもかかわらず、抗精神病薬等による副作用の発現とそれによる死亡事故等の重篤な結果の発生の危険を看過ないし軽視し、これらの症状は重篤な結果につながるものではないと軽信し、亡春子に対する脈搏の測定さえ十分に行わず、血圧測定は、一一月一五日、同月一六日、同月一八日の三回、心電図検査に至つては同月二一日の一回、それぞれ行つたのみで、その後の検査を怠り、脈搏、血圧、心電図等の異常の有無を確認しないまま、漫然と、亡春子に対する抗精神病薬等の投与を続け、かえつて、本件死亡事故発生の数日前には抗精神病薬等の薬剤の投与量を増量するなどしたことにより、亡春子の入浴中に抗精神病薬等の副作用により脳貧血等による失神発作を発現させ、これを原因とする本件死亡事故の発生を招くに至つたか、若しくは、抗精神病薬の副作用により突然死させるに至つたものである。

(精神分裂病による入院患者の入浴にあたつての安全配慮義務の懈怠)

<4> 精神分裂病による入院患者の入浴については、患者が罹患している精神分裂病の症状の内容・程度、患者が投与を受けている抗精神病薬の種類・量、それによる副作用の発現の状況・程度等により、種々の事故発生の危険が伴つているものであるところ、亡春子の入浴については、次のとおり、危険が伴つていたものであり、訴外市橋は、亡春子の担当医師としてこれらの危険を十分に認識し、又は容易に認識することができた。したがつて訴外市橋においては、亡春子が入浴中に転倒や溺水等の事故を起こし、死亡等の重篤な結果を引き起こす危険性があつたことを事前に予見し、又は予見し得たものというべきである。

ア 入浴は、それ自体、血液循環の不均衡化をもたらしたり、心臓への負担をかけるものであり、脳貧血等の失神発作の原因となつたりすることが知られているところ、精神分裂病の治療のために抗精神病薬等の大量の投与を受けている入院患者にとつては、入浴が抗精神病薬による副作用の発現の契機となることが知られており、入浴中の患者に抗精神病薬等の副作用が発現し、あるいは、入浴による血液循環の不均衡化等を生じて脳貧血等による失神発作を起こした場合には転倒や溺水などによる死亡事故等の発生につながるおそれがあつた。

イ 特に、本件死亡事故当時における前記のような亡春子に対する抗精神病薬等の投与の程度や副作用の発現の状況、また、墨東病院における入院患者の入浴時間帯は、午後一時から午後四時までの間であつたところ、亡春子に投与されていた抗精神病薬の血中濃度は右入浴時間帯にピークに達するものであつたこと等にかんがみれば、亡春子の入浴中に、起立性低血圧、血圧降下、頻脈、不整脈等の副作用が発現するおそれが容易に予測され得たものであり、もし、入浴中にこれらの副作用が発現した場合には、それによつて転倒や溺水などを起こし、死亡事故等の発生に至る危険性が十分にあつた。

ウ 本件死亡事故当時、亡春子の精神分裂病は、いまだ寛解の状態には至つておらず、なお精神分裂病の基本症状が強く見られており、亡春子においては、いつ、いかなる場合に、どのような異常行動に出るかもわからない状態にあつたことから、亡春子を一人で自由に入浴させた場合には、不測の事態の発生が危惧される状況にあつた。

<5> ところで、訴外市橋においては、担当医師として、入院中の患者の身体症状等を的確に把握してこれを適切に管理するとともに、入院中の患者の生活の安全等にも最大限の配慮をなすべき診療契約上の義務を負つていたのであるから、亡春子の入浴を許可するにあたつても、入浴による亡春子の身体への負担を軽減するために入浴時間を短時間に制限するとともに、入浴中においてもこれに付添人ないし監視人を付するか、若しくは、他の入院患者と複数で入浴させる措置を講ずること、もし、これらの措置を講ずることができない場合には、万一の事故発生に備えて、看護婦をして入浴中における亡春子の動静に絶えず注意させ、頻繁に浴室内の見回り等をさせ、万一、浴室内で事故が発生してもこれを直ちに発見し速やかに救急措置を施すことができる態勢をとつておくよう看護婦に適切な指示をしておくことにより、亡春子が入浴中に転倒や溺水その他の事故を起こすことを未然に防止するとともに、万一、それらの事故が発生した場合であつても、これを早期に発見し適切な救急措置を施して死亡等の重篤な結果に至ることを防止し、もつて、亡春子の生命・身体の安全に配慮すべき注意義務を負つていたものである。

<6> しかるに、訴外市橋は、亡春子の入浴に伴う前記のような危険性を認識しながらこれを軽視し、又は、その危険性を容易に認識し得たにもかかわらずこれを看過したことにより、亡春子が、入院以来、入浴を毎回一人でしており、しかも入浴時間が三〇分間ないし四五分間の長時間に及んでいたことを知りながら、亡春子の入浴について、格別の注意を払うことなく、漫然と、亡春子の単独による入浴を許可し、入浴時間についても何らの制限を加えず、亡春子が毎回長時間の入浴を行つている状態をそのまま放置し、さらに、看護婦に対しても亡春子の入浴について何らの指示を与えなかつたことにより、亡春子の入浴中に溺水事故を発生させ、さらに、その事故の発見さえも遅れさせる事態を生じさせ、救急措置を施す時期さえ失する結果を招き、そのため、亡春子をして死亡するに至らしめたものである。

<7> 仮に、訴外市橋が本件死亡事故当時に亡春子について認識していた身体症状のみからでは、亡春子が入浴中に抗精神病薬等の副作用(起立性低血圧、血圧降下、頻脈、不整脈等)や入浴による血液循環の不均衡化等によつて脳貧血等による失神発作を起こし、転倒や溺水その他の事故につながるという危険性を十分には予見し得なかつたとしても、亡春子に対し、抗精神病薬等の副作用の発現の状況及び程度をより的確に把握するために、前記のような脈搏、血圧、心電図等の検査を十分になしていたならば、その副作用の発現の状況及び程度を把握することができ、亡春子の入浴中における事故発生の危険性を十分に予見することができたはずである。

6  訴外草島の看護義務の懈怠について

(精神分裂病による入院患者の入浴にあたつての安全配慮義務の懈怠)

<1> 訴外草島は、亡春子の担当看護婦として、次のような事情を認識し、又はこれを認識し得たものであり、したがつて、訴外草島においては、亡春子が入浴中に転倒や溺水等の事故を起こし、死亡等の重篤な結果を引き起こす危険性があつたことを事前に予見し、又は予見し得たものというべきである。

ア 本件死亡事故当時に亡春子には抗精神病薬であるハロペリドール、ゾテピン、レボメプロマジン、抗パーキンソン剤である塩酸プロメタジン、塩酸トリヘキシフェニジル等が多量に投与され、本件死亡事故発生の数日前には抗精神病薬等の薬剤の投与量が増量されていたところ、これらの医薬品には、起立性低血圧、血圧降下、頻脈、毛細血管拡張のほか、不整脈、伝導障害、心電図変化につづく突然死等の重篤な副作用を生ずることがあることから、これらの医薬品を投与されている患者に対しては、その観察を十分に行い副作用の発現に注意することはもとより、副作用の発現により不測の事態を生ずることのないよう患者の入院生活の安全等にも最大限の配慮をなす必要があつた。

イ 入浴は、それ自体、血液循環の不均衡化をもたらしたり、心臓への負担をかけるものであり、脳貧血等の失神発作の原因となつたりすることがあるところ、精神分裂病の治療のために抗精神病薬等の大量の投与を受けている入院患者にとつては、入浴が抗精神病薬による副作用の発現の契機となることもあり、万一、患者が入浴中に抗精神病薬等の副作用である起立性低血圧、血圧降下、頻脈、不整脈等が発現し、あるいは、入浴により血液循環の不均衡化等を生じ、脳貧血等による失神発作を起こした場合には、転倒や溺水などの事故につながり、死亡等の重篤な結果が発生するおそれがあつた。

ウ 本件死亡事故当時、亡春子には、低血圧(亡春子の血圧の測定は、入院以来、一一月一五日、同月一六日、同月一八日の三回行われているが、次第に下降しており、最終回である一八日の測定値は、一〇〇mmHg~六〇mmHgとなり、さらに下降する傾向を示していた。)頻脈(亡春子の脈搏は、本件死亡事故発生の三日前より高い傾向にあつた上、本件死亡事故当日の午前中には入院以来見られなかつた一分間に一二〇回という異常に高い数値を示していた。)、強い眠気、著しい口渇、便秘等の抗精神病薬等による副作用が発現しており、亡春子自身においても、ろれつが回らないとか、ふらふらするなどの自覚症状を訴え、薬が強すぎるから減らしてほしいと希望していた。

エ 本件死亡事故当時、亡春子の精神分裂病は、いまだ寛解の状態には至つておらず、なお精神分裂病の基本症状が強く見られており、亡春子においては、いつ、いかなる場合に、どのような異常行動に出るかもわからない状態にあつたことから、亡春子を一人で自由に入浴させた場合には、不測の事態の発生が危惧される状況にあつた。

<2> ところで、訴外草島は、担当看護婦として、入院中の患者の身体症状等を的確に把握してこれを適切に管理するとともに、入院中の患者の生活の安全等にも最大限の配慮をなすべき診療契約上の義務を負つていたのであるから、亡春子をして入浴させるについても、入浴による亡春子の身体への負担を考慮し、入浴時間が長時間に及ぶことのないよう配慮し、亡春子に対してその旨の指導をするとともに、入浴中においても自ら又は他の看護婦をしてその付添ないし監視をするか、若しくは、他の入院患者と複数で入浴させる措置を講ずること、もし、これらの措置を講ずることができない場合には、万一の事故発生に備えて、自己又は他の看護婦をして入浴中における亡春子の動静に絶えず注意を払い、頻繁に浴室内の見回り等をなし、万一、浴室内で事故が発生してもこれを直ちに発見し速やかに救急措置を施すことができる態勢をとつておくことにより、亡春子が入浴中に転倒や溺水その他の事故を起こすことを未然に防止するとともに、万一、それらの事故が発生した場合であつても、これを早期に発見し適切な救急措置を施して死亡等の重篤な結果に至ることを防止し、もつて、亡春子の生命・身体の安全に配慮すべき注意義務を負つていたものである。

<3> しかるに、訴外草島は、亡春子の入浴に伴う前記のような危険性を認識しながらこれを軽視し、又は、その危険性を容易に認識し得たにもかかわらずこれを看過したことにより、亡春子が、入院以来、入浴を毎回一人でしており、しかも入浴時間が三〇分間ないし四〇分間の長時間に及んでいたことを知りながら、亡春子の入浴について、格別の注意を払うことなく、漫然と、亡春子の単独による入浴を放任し、入浴時間についても何らの配慮もせずに、亡春子が毎回長時間の入浴を行つている状態をそのままにし、さらに、自己又は他の看護婦をして不測の事態の発生に備えて、入浴中の亡春子の動静に注意を払うことをしなかつたことにより、亡春子の入浴中に溺水事故を発生させ、さらに、その事故の発見を遅れさせる事態をも生じさせ、救急措置を施す時期を失する結果を招き、そのため、亡春子をして死亡するに至らしめたものである。

(溺水者を発見した場合の救急措置義務の懈怠)

<4> 訴外草島は、担当看護婦として、入院中の患者が浴槽内において溺水しているのを発見した場合には、直ちに適切な救急措置を施し、溺水者の救命のために最善の措置を尽くすべき診療契約上の義務を負つていたところ、溺水等の場合には、呼吸が停止すると数秒間にして脳の神経細胞は機能を失い、呼吸が停止したまま数分間を経過すると脳の神経細胞に回復し難い変化が起こり始め、遂には死に至ることから、溺水者に対する救急措置としては、何よりもまず気道を確保した上、一刻も早く人工呼吸をなし、効果がないときは気道内の異物を除去するとともに、意識・呼吸・脈搏のいずれもないときは、人工呼吸及び心マッサージを並行してなすべきものとされ、水を吐かせるより先に人工呼吸をし、できるだけ早く肺に空気を送り込む必要があるとされている。

<5> しかるに、訴外草島は、亡春子が浴槽内で溺水しているのを発見した際、同女が意識を失い、自発呼吸をしておらず、かつ、心臓が停止し脈搏も触れない状態にあつたにもかかわらず、同女をそのままにしてまず浴室前にいた他の患者に他の看護婦を呼ぶように頼み、次いで亡春子を浴槽内から引き上げようとしたが、上半身を引き上げるのがやつとだつたことから、浴槽のへりで同女の身体を支えて下向きにさせ、その胸部及び背部を圧迫して水を吐かせようとしたが水を吐かなかつたので、その後駆け付けてきた同僚看護婦の手を借りて、浴槽内から同女を引き上げて洗い場の床に同女を仰向けに寝かせてから、ようやく、心マッサージを開始したが、人工呼吸は行わないまま、その同僚看護婦に当直医と麻酔科への連絡を頼み、漫然と心マッサージのみを繰り返しながら、医師らの到着を待つていたところ、その後数分を経過してから、知らせを受けて駆け付けてきた当直医らによつて、心マッサージに並行して、初めて人工呼吸がなされたが、時すでに遅く、その後、一時心電図に心室細動が認められ、股動脈の搏動も触れるようになつたものの、結局、亡春子を救命するには至らなかつたものである。

<6> 訴外草島の亡春子に対する右救急措置が著しく適切を欠いたものであつたことは明らかであり、もし、発見して直ちに浴槽内から亡春子の上半身を引上げ、気道の確保をして一刻も早い人工呼吸とこれに並行した心マッサージがなされていれば、亡春子を救命することも十分にできたはずである。

7  被告の不法行為責任(予備的請求原因)

<1> 亡春子が死亡したのは、訴外市橋及び同草島が、前記5及び6のとおり、それぞれ医師ないし看護婦として業務上尽くすべき注意義務を懈怠した過失があつたからである。

<2> 訴外市橋及び同草島は、いずれも被告の被用者であり、その事業の執行として亡春子に対する診療及び看護に当たつたのであるから、被告は、民法七一五条によりその使用者としての責任を負うものである。

8  損害

<1> 亡春子の損害

ア 逸失利益 二七八一万六六五六円

亡春子は、死亡当時、満二六歳一〇か月の女子であつたから昭和五八年簡易生命表によるその平均余命は五四・六九年であるところ、本件死亡事故に遭わなければ、満六七歳に達するまでの四一年間は少なくとも家事労働に従事することは可能であつた。昭和五八年の賃金センサスによる全女子労働者の平均給与収入は年額二一一万〇二〇〇円であり、控除すべき生活費を収入額の四割(八四万四〇八〇円)とすると、年間純益は一二六万六一二〇円となるところ、中間利息の控除につき新ホフマン式計算法を用いて死亡時における亡春子の逸失利益を算定すると、二七八一万六六五六円となる。

イ 慰謝料 一三〇〇万円

亡春子は、格別、容姿端麗にして年若く前途有為の子女であつたが、患者として最善の診療及び看護を受けることができず、本件死亡事故のために、遂に未婚のまま死亡するに至つたものであり、その精神的苦痛を慰謝するには一三〇〇万円が相当である。

ウ 相続

原告太郎は亡春子の父として、原告花子は亡春子の母として、亡春子の損害の合計額(四〇八一万六六五六円)の二分の一である二〇四〇万八三二八円の損害賠償請求権をそれぞれ相続した。

b 原告らの損害

ア 葬儀費用 各四〇万円

原告らは、亡春子の葬儀、供養等の費用として合計五〇〇万円以上を支出したが、そのうち、原告らは各四〇万円宛を被告に請求する。

イ 慰謝料 各一〇〇万円

原告らには全部で三人の子がいるが、女子は亡春子一人であり、しかも末子であつたことから、原告らは亡春子を殊の外可愛がつていたところ、その花嫁姿も見ないうちに最愛の一人娘を失つてしまつたものである。他方、被告は、本件死亡事故について、原告らに何ら謝罪しないばかりか、原告らが被告の立場を慮り、本件死亡事故による損害賠償の問題を当事者間の話合いにより円満に解決すべくその旨を被告に対し丁重な書面で申出をしたにもかかわらず、これに対して、被告は、本件死亡事故は不可抗力であつたという趣旨の回答を電話で伝えてきたのみで、一片の誠意すら示さなかつた。したがつて、本件死亡事故により原告らの被つた精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するには原告らについて各一〇〇万円宛が相当である。

ウ 弁護士費用 各二一八万〇八三二円

原告らは、被告が何ら誠意を示さないことから、やむなく本訴を提起するに至つたところ、本訴の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その着手金及び報酬として本訴請求額(各二一八〇万八三二〇円)の一割に相当する金員をそれぞれ支払うことを約した。

9  よつて、原告らは、各自、被告に対し、主位的には債務不履行に基づき、予備的には不法行為における使用者責任に基づき、右損害合計二三九八万九一六〇円及びこれに対する亡春子が死亡した日である昭和五八年一二月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告の主張

1  原告主張の1及び2は認める。

2  同3<1>は否認する。同3<2>のうち、亡春子が、本件死亡事故当時、担当医である訴外市橋の指示により、精神分裂病の治療のため、抗精神病薬であるハロペリドール(リントン)一八ミリグラム、ゾテピン(ロドピン)三〇〇ミリグラム、レボメプロマジン(ヒルナミン)一〇〇ミリグラム、抗精神病薬の副作用の一つであるパーキンソン症候群を押さえる抗パーキンソン剤である塩酸プロメタジン(ピレチア)二五ミリグラム、塩酸トリヘキシフェニジル(アーテン)六ミリグラムなどの医薬品の投与を受けていたことは認め、その余は争う。同3<3>は否認する。

亡春子の死因は、気道内に水を吸い込み窒息死したという狭義の溺死ではなく、急性心不全である。すなわち、東京都監察医務院における解剖の結果によれば、亡春子には、両肺、肝臓、腎臓にうつ血があり、急死の所見が認められたこと、両肺には水腫及び気腫状変化が認められるものの、狭義の溺死であれば発現するはずの溺死肺や水性胃は認められず、肺水腫及び肺気腫は、いずれも救急措置によつて生じたものと考えられること(気腫は、人工呼吸器の施用によつて生ずるものであり、水腫は、ボスミンや輸液によつて生ずることが知られている。)、亡春子には発見当時全身にチアノーゼが認められ、また、水をほとんど飲んでおらず、これらは水中に沈んだときにはすでに意識を失つていたことを示すものであること等からすれば、亡春子は、入浴中に急性心不全の発作を起こして意識喪失の状態となり、浴槽内の水中に沈んだものと考えられる。

亡春子が入浴中に急性心不全を起こしたのは同女に「心臓の低形成」(発育不全)という身体的素因があつたからである。亡春子は、身長一六三センチメートル、体重五〇キログラムと女性としては体格が大きく、栄養状態も良好であつたが、心臓の重量が一七〇グラム(二〇歳から二九歳までの女性の標準的な心臓の重量は二五四グラムである。)と小さく、大動脈幅も狭小(血管が細い)であり、肝臓の重量も九七〇グラム(標準は一一〇〇ないし一二〇〇グラムである。)と極端に小さく、腎臓には子供の腎臓に見られる胎生期分葉(小腎臓)が認められるなど、心臓を中心とする内臓の諸器官について顕著な発育不全の特徴が認められた。ところで、日常特に何らの異常が認められないにもかかわらず、突然にかつ予期されずに死亡するといういわゆる突然死(ポックリ病等)を来す症例では、心臓が小さい、大動脈が狭い、冠状動脈が細い、脾臓が大きいなどの特徴が見られるところ、亡春子の右特徴は突然死を来す症例とも共通するものであり、特に亡春子のような心臓及びこれを含む心臓血管系の極端な発育不全は急性心不全等の心疾患を引き起こす原因となるものであることは法医学ないし病理学の専門医においても認めるところであり、これが原因となり、あるいは精神病によるストレス等の要因が加わり、偶々入浴中に急性心不全を生じて死亡したものと推定される。

仮に、亡春子の死因が溺死であり、あるいは抗精神病薬の投与による突然死であつたとしても、本件死亡事故当時、亡春子に投与されていた抗精神病薬の種類、投与量、亡春子の臨床症状からは、そのような溺死ないし突然死を予見することは全くできなかつたというべきである。

4  同4<1>は認める。同4<2>は争う。

5  同5<1>のうち、抗精神病薬の能書に、これを服用すると、血圧降下、頻脈、不整脈、心電図変化等が現れることがあり、血圧降下、心電図変化に続く突然死が報告されているとの記載があることは認め、その余は争う。同5<2>は争う。同5<3>のうち、亡春子の血圧の測定は、入院以来、一一月一五日、同月一六日、同月一八日の三回行われているが、最終回である一八日の測定値は、一〇〇mmHg~六〇mmHgであつたこと、亡春子の脈搏は、本件死亡事故当日の午前中には一分間に一二〇回という数値を示していたこと、亡春子の心電図検査は一一月二一日に一回行つたのみであることは認め、その余は争う。

抗精神病薬は、その対象となる精神病疾患の性質上、長期間かつ継続して投与されるものであるため、特に安全であることが要求されており、厳重なチェックを経た上で副作用のほとんどないものが使用を認められているのであり、能書の記載は、念のために注意を呼びかけているものにすぎない。すなわち、能書に記載されている副作用は、新薬の開発治験で出現した副作用及び製造販売許可を受けてから実際の治療にあたつて出現したと報告された副作用を網羅的に列記したものであり、その中には出現の蓋然性の高いものから、極めて希にしか出現しないもの、因果関係のいまだ確認されていないものまでさまざまなものが含まれており、記載されている副作用が全て厳密な科学的検証を経ているものではない。特に、抗精神病薬の投与と突然死との関係について言えば、抗精神病薬の投与を受けている患者は、アメリカで数百万人、日本で百万人近くもいるが、抗精神病薬が原因で死亡したという報告は極めて希にしかなく、しかも、例えば、抗精神病薬の一つであるクロルプロマジン(コントミン)の投与中に心電図に異常を来して突然死した患者の報告例などを見ると、いずれも一日九〇〇ミリグラムないし二四〇〇ミリグラムという常識を超える大量の投与によつて生じているものであり、亡春子が受けていた投与量とは全く比較にならない。また、レボメプロマジン(ヒルナミン)の能書では、「本剤による治療中原因不明の突然死が報告されている。フェノチアジン系薬剤が登場した一九五七年以降に増加しているとの報告もある。不整脈、心搏停止、急激な血圧降下、誤飲による窒息死が原因として上げられているが、薬剤との関係はまだ完全にはわかつていない。」などと記載されており、ハロペリドール(リントン)の能書においても、「本剤による治療中原因不明の突然死が報告されている」とのみ記載され、いずれも原因不明とされており、抗精神病薬の投与との因果関係についてはいまだ明らかになつていないのである。

訴外市橋は、担当医師として、亡春子が急性期の精神分裂病の病状にあつたことを的確に把握し、その病状に応じた適切な治療の一環として、循環器に対する影響の軽い抗精神病薬を選択し、かつ、それぞれ能書記載の用法・用量に照らしても適当な量を適切な方法で投与していた。また、心電図や脳波測定、血圧や脈搏測定等の諸検査においても、亡春子には、血圧降下、頻脈、不整脈等の副作用は何ら現出していなかつた。亡春子の身体は、入院以来、健康な状態にあり、抗精神病薬等の投与によつても、異常を窺わせるような臨床症状は何ら現出しておらず、血圧も最高血圧が一〇〇mmHg以上あつて必ずしも低血圧ではなく、心電図所見も正常であつた。

6  同5<4>ないし<7>は争う。

入浴そのものは、亡春子が日頃行つていた階段の昇降や卓球などの運動と比較しても心血管系への影響を問題とする程のことではなく、抗精神病薬の能書等にも、投与中の患者の入浴について注意すべきであるとの指摘はされていない。墨東病院の場合、浴槽内の湯の温度は四〇度と温めに保たれており、浴槽の深さも四〇センチメートルと浅く、その広さも両足を伸ばせば一杯になる程であり、その入浴により心血管系への負担がかかるとか溺水するとかのおそれは、通常考えられなかつた。しかも、亡春子は、本件死亡事故当時、身体的にはいかなる異常も認められておらず、かつ、墨東病院への入院後何回も入浴を一人でしているが、何の問題も生じていなかつたのであり、入浴によつて亡春子が溺水するようなことはおよそ予見することができなかつた。

また、亡春子には、本件死亡事故当時、不整脈等、入浴の制限を必要とするような副作用は全く生じていなかつた。亡春子に投与されていた抗精神病薬の血中濃度がいつピークになつていたかという点については、レボメプロマジンと塩酸プロメタジンは、一日一回就眠前の午後八時頃投与されていたから、その血中濃度のピークは夜間であつたし、ハロペリドール、ゾテピン、塩酸トリヘキシフェニジルは、一日三回に分けて食前に投与されていたから、昼食前に投与された薬剤の血中濃度はなるほど投与後一ないし四時間の間にピークに達するが、朝、昼、夜と分散投与されているため、その全体の血中濃度のピークは夕方か夜間に来ることになつていた。

さらに、亡春子の精神分裂病は、なるほど、いまだ寛解の状態には至つていなかつたが、その症状は落ち着いて来ており、しかも、同女には自殺念慮がなく、本件死亡事故当時までの経過や精神症状からすれば、入浴中に死亡等の重大な事故につながるような異常行動に及ぶことは到底考えられなかつた。

したがつて、訴外市橋においては、亡春子が入浴中に事故を起こし、死亡等の重篤な結果発生に至ることを事前に予見することはおよそできなかつたというべきである。

7  同6<1>のうち、本件死亡事故当時、亡春子には抗精神病薬であるハロペリドール、ゾテピン、レボメプロマジン、抗パーキンソン剤である塩酸プロメタジン、塩酸トリヘキシフェニジル等が投与されていたこと、これらの医薬品の能書には、副作用として、時に起立性低血圧、血圧降下、頻脈、不整脈等が生ずることがあり、また、心電図変化につづく原因不明の突然死が報告されているとの記載があること、亡春子の血圧の測定は、入院以来、一一月一五日、同月一六日、同月一八日の三回行われているが、最終回である一八日の測定値は、一〇〇mmHg~六〇mmHgであつたこと、亡春子の脈搏は、やや頻脈の傾向を示しており、本件死亡事故当日の午前中の検脈では一分間に一二〇回という数値を示していたこと、本件死亡事故当時、亡春子の精神分裂病は、いまだ寛解の状態には至つていなかつたこと、訴外草島がこれらの事情を認識していたことは認め、その余は争う。同6<2>及び<3>は争う。

本件死亡事故当時、亡春子には、抗精神病薬による副作用は現れておらず、入浴の制限を必要とするようないかなる所見も見られなかつたのであり、訴外草島においては、本件死亡事故のような事故発生を事前に予見することは全くできなかつたというべきである。 看護婦としては、一般的に、患者の症状を把握する努力を怠らず、何らかの異常が察知された場合には、特に厳重な観察を続け、症状に応じて患者の生活の安全等に配慮し、不測の事故の発生を未然に防止する義務があることはもちろんである。しかし、特に精神分裂病患者の入院治療においては、その最終目的が患者の社会復帰にあることから、患者に異常所見が認められない限り、患者の行動を常時監視するようなことは不必要なばかりか、看護婦と患者との信頼関係を損なう意味で有害ですらあるのであり、看護婦としては、随時観察を行い、異常事態の発生の前兆の発見に努めることをもつて足りるというべきである。

亡春子には、本件死亡事故当時、同女を入浴させるについて何ら危険な徴候は認められなかつたのであり、入浴させるについて特別の措置を講ずべき必要性はなかつた。本件死亡事故当時、墨東病院神経科病棟における入院患者の平均入浴時間(患者が浴室にいる全時間であり、浴槽に入つている時間のことではない。)は一人二〇ないし三〇分間程度であり、亡春子の場合も、本件死亡事故の当日、入浴時間が三〇分経過した時点で訴外草島が浴室に様子を見に行つており、長時間放置していたことはない。

8  同6<4>は争う。同6<5>のうち、訴外草島が、亡春子の様子を見るために浴室に行つたが、浴室のガラス戸越しに人影が見えなかつたので浴室に入つたところ、浴槽の湯の中に亡春子が仰向けの姿勢で沈んでいるのを発見したこと、そこで、訴外草島は、浴室の外にいた者に声をかけ他の看護婦を呼ぶように依頼し、直ちに亡春子の上半身を引上げ、浴槽のへりで同女の体を支えて胸部及び背部を圧迫し、水を吐かせようとしたが、水の排出はなかつたこと、脈搏は橈骨動脈、股動脈で触れず、胸に耳をあてても心臓の鼓動が聞こえず、自発呼吸も停止していたこと、浴槽のへりで同女を支えようとしていた頃、他の看護婦が駆けつけてきたので、その手を借りて亡春子を浴槽から引上げ、洗い場の床に寝かせて直ちに心マッサージを開始し、その看護婦には当直医と麻酔科への連絡を依頼したこと、まもなくして医師らが現場に駆けつけ、訴外草島と交替して心マッサージと人工呼吸にあたり、救急措置が施行されたこと、その後、一時心電図に心室細動が認められ、股動脈の搏動も触れるようになつたものの、結局、亡春子を救命するには至らなかつたことは認め、その余は争う。同6<6>は争う。

溺水している者は、通常、大量の水を飲んでいることが多いため、減圧させるために水を吐かせる必要があることからすれば、訴外草島が亡春子の上半身を引き上げた際にまず水を吐かせようとしたことは当然の措置であり、しかも時間的にもわずかな間であるから、これにより心マッサージ及び人工呼吸が遅れたことはない。訴外草島らが、亡春子を浴槽から引上げ、洗い場の床に仰向けの状態で寝かせた際、直ちに頭部後屈、下顎挙上をして気道の確保をし、続いて心マッサージを始めて間もなく、医師らが現場に駆けつけ、直ちに人工呼吸を開始しており、心マッサージと人工呼吸は時間的にはほとんど同時刻に開始されている。

したがつて、訴外草島において、浴槽内に沈んでいる亡春子を発見してから医師らが駆けつけてきて心マッサージ及び人工呼吸等の人工蘇生術を施行するまでの間、いたずらに時間を経過させたことはなく、適切な救急措置を行つていたものであり、その救急措置に何ら懈怠はなかつたものというべきである。さればこそ、その後、亡春子には、一時心電図に心室細動が見られ、股動脈の搏動も触れるに至つたのである。

9  同7及び8は争う。

第三  当裁判所の判断

一  証拠によれば、亡春子が精神分裂病の治療のために墨東病院に入院してから本件死亡事故により死亡するまでの間の同女の症状の変化と同病院における診療の経過については次の各事実が認められる。

1  亡春子は、昭和五八年一一月一五日午前一一時頃、通行中の女子中学生を足蹴りしたことで三田警察署に保護された後、東京都精神衛生センター下谷分室において精神鑑定を受け、非措置・要入院の判定を受け、同日午後六時頃、墨東病院に夜間救急患者として受診し、被害関係妄想等を有する精神分裂病との診断を受け、同日救急入院し、同病院の保護室に収容された。亡春子が罹患していた妄想型の精神分裂病は、精神全体が侵されるものではないが、人間関係が障害を受けており、通常人間関係の場で発現し、見抜かれ体験に支配されて、幻覚、幻聴、妄想等の症状を呈する病気であり、右暴行も幻聴や被害関係妄想によるものであつた。

同日午後六時過ぎ頃、亡春子の血圧測定がされたが、最高が一一六mmHgで最低が七四mmHgで正常であつた。同日午後八時三〇分頃、抗精神病薬として、レボメプロマジン(ヒルナミン)二五ミリグラム、塩酸プロメタジン(ピレチア)二五ミリグラム(ただし、後者は抗ヒスタミン剤であり、抗精神病薬の副作用であるパーキンソン症候群の発症を抑制する作用をも有する。)、睡眠導入剤として、エスタゾラム(ユーロジン)四ミリグラムの投与を受け、これを服用した。同日は午後一〇時に入眠したが、比較的良眠であつた。ただ、翌日午前一〇時頃には不眠傾向があるとして睡眠導入剤であるPーS一包(イソタール〇・二グラムとブロバリン〇・五グラムを含む。)の投与を受けており、不眠傾向はあつたと考えられる。

2  一一月一六日午前一〇時頃、亡春子は、保護義務者である原告らの同意により精神衛生法三三条に基づいて墨東病院神経科に入院することになり、保護室から神経科病棟(二五三号室)に移つたが、両親が来たことから比較的落ち着いていた。同じ頃、亡春子の体温、脈搏、血圧の測定がされたが、体温は三七度、脈搏は一分間に七八回、血圧は最高が一一〇mmHgで最低が七〇mmHgであつた。右測定後、下剤であるプルゼニド一錠の投与を受けた。同日の昼頃から、抗精神病薬として、ハロペリドール(リントン)九ミリグラム、クロルプロマジン(コントミン)七五ミリグラム、抗パーキンソン剤として、塩酸トリヘキシフェニジル(アーテン)六ミリグラムを一日三回に分けて食前に投与を受けるようになり、更に一日一回就眠前には、抗精神病薬として、ベゲタミンA一錠(クロルプロマジン二五ミリグラム、塩酸プロメタジン一二・五ミリグラム及びフェノバルビタール四〇ミリグラムの合剤である。)、睡眠導入剤として、エスタゾラム四ミリグラムの投与を受けるようになつた。

3  一一月一七日は、午前六時頃にはすでに起きていたが、看護婦に対しては、「はい、眠れました。大丈夫です。」などと笑顔で答え比較的落ち着いていた。午前一〇時頃には、顔には奇抜な化粧(目の周りを黒くぬりパンダ様にしている。)をして、看護婦に対し「目がとろんとして寝ぼけてしやべつている感じでろれつているみたいなんです。」などと不安を訴えていた。また、看護婦に、目が疲れやすく、すぐに充血するので、目薬をよく使い、三日に一本くらい使つてしまうなどと訴え、目薬の要求をしたが、他方、「電車に乗ると女学生や中年がじろじろ見ておもしろおかしくせせら笑つているんですよね。」などと、被害関係妄想が窺われる言動もしきりにしていた。午後四時頃には、両親と話してすごしており、比較的落ち着いていたが、看護婦には「この口の中が渇く感じと口がまわらないのは薬のせいで仕方がないんですよね。」と言つている。午後八時頃、プルゼニド二錠の投与を受けている。

4  一一月一八日は、午前四時四五分頃一度覚醒し、午前五時一五分頃には洗面をしていたが、相変わらずパンダ様の化粧をしていた。午前九時頃にも再び念入りに何度も化粧をしていた。看護婦への接触は良好であつたが、「体がだるい。ふらつきがある。喉が渇く。舌がうまく回らない。口の中でもごもごして話すのにゆつくりになつちやう。」などと訴えていた。午前一一時三〇分頃、亡春子の血圧が測定されたが、最高が一〇〇mmHgで最低が六〇mmHgであつた。同日、訴外市橋がはじめて面接し、精神療法を実施し、風景構成法やポリグラフ検査の方法によつて精神症状の診察をしている。風景構成法による診断は臨界前期であり、その他、被害妄想、注察妄想、かなり強い眠気などが主症状として認められた。同日も午後八時頃、プルゼニド二錠の投与を受けている。

5  一一月一九日からは、訴外市橋の指示により投与薬剤が変更され、抗精神病薬としてハロペリドール一八ミリグラム(倍増)、抗パーキンソン剤として、塩酸トリヘキシフェニジル六ミリグラムを一日三回に分けて食前に投与を受けるようになり、更に、一日一回就眠前には、抗精神病薬として、レボメプロマジン五〇ミリグラム(追加。ただし、一日三回に分けて食前に投与されていたクロルプロマジン七五ミリグラムは削られた。)、ベゲタミンA一錠、睡眠導入剤として、エスタゾラム二ミリグラム、下剤として、プルゼニド二錠の投与を受けるようになつた。同日は、午前三時四〇分頃一度覚醒している。午前八時頃には便秘、腹満を訴えるようになり、午前一一時三〇分頃レシカルボン一錠を施行したが、排便しなかつたので、午前一二時三〇分頃浣腸一本(GE一五〇ml)を施行し、その後排便があつた。昼食は食欲がなく不摂取であり、余暇時間は化粧に費やす状態であつたが、化粧は以前ほどは奇抜ではなくなつていた。一一月二〇日は、朝から再び厚化粧をしており、便秘も続いていたが、その他には特に変わつたことはなかつた。

6  一一月二一日は、午前四時頃覚醒して以後入眠せず、鏡に向かい入念に厚化粧をしているが、看護婦に舌が黄色いと不安を訴えていた。同日午前一〇時頃の検査では、体温は三六・八度、脈搏は一分間に八〇回であつた。同日訴外市橋により二回目の精神療法が施行されたが、相変わらず厚化粧で濃いアイシャドウをしてパンダ様にしており、ペルソナ(仮面)の働きが認められたほか、被害妄想や不眠等は続いており、亡春子も、睡眠が少なく熟睡していないことや残尿感があることを訴えていた。同日昼頃採血と検尿を行つて検査を受けている。午後一時頃には更に心電図検査を行つた。午後八時頃就眠前の投薬を受けたが、服用後は早々に入眠し、同日は比較的良眠であつた。

7  一一月二二日は、午前六時三〇分頃投薬のため起きるが、眠気が強く再び入眠し、午前中一杯寝ていた。昼食時にようやく起きたが、看護婦に「何だか眠り薬が増えて起きても頭がはつきりしなくてうつろな感じなんです。眠り薬なしにしていただけませんか。」などと訴えていた。化粧は相変わらず濃いが、以前に比べるとややアイシャドウが薄くなつていた。午後八時頃洗面し、看護婦に「もう眠れるようになつたからお薬はいりません。」と訴えていた。一一月二三日は、午前六時頃起きている。相変わらず厚化粧をしているが、その他には特に変わつたことはなかつた。

8  一一月二四日は昼頃訴外市橋から三回目の精神療法を受けたところ、相変わらず厚化粧でパンダ様にしているものの、投薬の効果があらわれて症状は落ち着いてきており、亡春子も心がほぐれてきたと述べていたが、薬を飲むようになつてからろれつが回らなくなつたと訴えている。面接終了後入浴している。午前八時二五分頃、自動車のライトに怯えて姿を隠す素振りがあり、看護婦が話をしてようやく安心するということがあつた。

9  一一月二五日は午前六時頃起きてきて看護婦に目薬を催促したが、眼科受診の日なのでそれまで待つよう言われていつたんは納得したが、午前八時頃になると何度も催促を繰り返し、また、ベッドから足を投げ出していて隣りの患者から通れなくて困るとの苦情を言われたことに対しても、平然として、「これだけあれば通れないことはないでしよう。私、こうしないと楽じやないんですもの。」などと答えている。便秘が四日間続いており、おなかが苦しいと訴えるが、浣腸にはなかなか応ぜず、昼食後ようやく浣腸一本(GE一五〇ml)を施行するが、排便は少量あつただけであつた。午後二時頃眼科を受診したが医師に対して、「便秘が苦しいので立つていていいですか。」と聞いて、これを許されると立つたまま質問に答えていた。眼科の医師から結膜にアイシャドウの粉がたくさん付いているから、目の周りに付けるのを止めるように厳しく言われたものの、「何もつけないと恥ずかしいんです。」と答えていた。その後、看護婦がすすめても化粧を落とそうとしなかつたが、夕食後には、化粧をきれいに落としてきて、他の患者がしていたカラオケの仲間に加わり、好きな歌を唄つていた。一一月二六日は午前六時三〇分頃起きており、午前一〇時頃には相変わらず厚化粧をしている。午前中に他の患者の入院があつたが、「あの人をよその部屋に移してよ。」と硬い表情で話していた。

10  一一月二七日は午前六時頃起きているが、午前八時頃看護婦に耳も鼻もつまるので耳鼻科に診てもらいたいと訴えていた。その後午前中一杯寝て、昼食にもなかなか起きられず、皆より遅れて摂取していた。同日、訴外市橋から四回目の精神療法の施行を受けたが、その際にも風邪をひくと耳が遠くなるので耳鼻科を受診させてほしいと訴えている。訴外市橋が、化粧を落とすように指示してもアイシャドウにこだわり結局応じない。訴外市橋は、その頃まで、墨東病院では急性期のみの治療を行い、後は両親のいる乙田県の病院に転院させ両親の近くで養生させることを考えていたが、同日の面接で亡春子の精神分裂病は高校中退時にすでに発病していたのではないかとの疑いを抱き、性格変化も窺われ、疎通性の欠如も認められることなどから、中途半端な治療では再び両親の制止を振り切つて上京し、病気の再発という事態を繰り返すことになるとの予測をもつようになつていた。午後二時頃、便秘のため座薬を希望し、レシカルボン一錠を受け取るが、排便がなく、午後二時四〇分頃看護婦が再度レシカルボン一錠を施行し、午後三時三〇分にはアローゼン二包を投薬した。相変わらず厚化粧をしており、看護婦が注意しても化粧を落とそうとせずにいる。午後八時頃プルゼニド二錠を投与されている。

11  一一月二八日は午前七時三〇分頃起きているが、他の若い男性患者に抱きついているところを看護婦から注意を受けた。その後、表情を硬くして、看護婦が朝食前の薬の服用を促しても「いらない。」と言つて飲もうとしない。その後で売店に行くと店の人にべらんめえ調で話したり、険悪な表情をしたりしたほか、他の看護婦に対して足蹴りを加えることがあり、自室では怒つているような態度で独り言を言つていた。訴外市橋は、看護婦からの報告を受けて亡春子の精神症状が増悪化したものと判断し、同日の昼から、抗精神病薬の投与量を増量することとし、抗精神病薬として、新たにゾテピン(ロドピン)三〇〇ミリグラムを追加処方し、これを一日三回に分けて食前に投与することを指示した。結局、同日及び翌二九日の二日間は、抗精神病薬として、ハロペリドール一八ミリグラム、ゾテピン三〇〇ミリグラム、抗パーキンソン剤として、塩酸トリヘキシフェニジル六ミリグラムをいずれも一日三回に分けて食前に、下剤として、アローゼン〇・四ミリグラム、カマ一ミリグラムを一日三回食後に、一日一回就眠前には、レボメプロマジン五〇ミリグラム、ベゲタミンA一錠、エスタゾラム二ミリグラム、プルゼニド二錠の投与を受けた。一一月二八日の昼食後は、早速に抗精神病薬の増量の効果があらわれたためか、亡春子は夕食時まで臥床し、夕食後もしばらく臥床していたが、カラオケには加わり、二曲ほど唄つてから午後八時三〇分頃には入眠した。

12  一一月二九日は午前六時三〇分頃起きているが、朝食前の投薬時、きつい顔をして同室の他の患者を指して「人のことを商売女の血筋とか何とか言つてかげで噂している。」などと言つて睨み付け、看護婦が「この人は人の悪口を言つたりするような人じやないのよ。あなたの頭の中で聴こえてくるんじやないの。」となだめると、頭の中で聴こえることは認め、布団を頭から被つて「もういいわよ。用事なんてないでしよ。あつち行つて下さい。」と叫んでいる。午前一〇時頃看護婦と一緒に売店に行き、ゆつくりとした動作ながら何事もなく帰り、その後は比較的落ち着いていた。午後の入浴後は畳のコーナーに行き、数人の男性患者の中に入り、相変わらず念入りに化粧等をしていた。同日、二回目のポリグラフ検査を受けている。夕食はやや遅れて摂取したが、化粧を少し変えており、看護婦に「カーテンを閉めて下さい。怖い。」などと言つていた。

13  一一月三〇日は、午前一時頃口渇のために覚醒し、煙草を吸つたりお茶を飲んだりして過ごし、午前二時三〇分頃入眠したが、午前四時三〇分頃再び口渇のために覚醒し、お茶を飲んだりして過ごし、その後再び自室に戻つて臥床するが、午前六時前には目覚め洗面を始めている。相変わらず、厚化粧をしており、目の周りを黒くぬりパンダ様にし、急に他の患者を叩こうとしたり、抱きついたりしている。同室の患者とも口喧嘩をしたりしているが、看護婦との接触は良かつた。その後も、他の患者に手を振り上げ、看護婦が引き離しても睨み合いをしている。なお、担当の看護婦に対しては足蹴りをするなど、同看護婦が妄想の対象となつて険悪な状態が続いており、同看護婦から担当医師宛に「静観していたいと思うが、本人からの訴えを聞いてあげてほしい」との連絡がなされている。

14  ところで、右同日には、亡春子の希望により、訴外市橋は五回目の精神療法を施行したが、二八日からのゾテピン三〇〇ミリグラムの投与により少し症状が改善しており、少し化粧を落としてきていたが、相変わらずパンダ様のアイシャドウを続けており、疎通性も良いとは言えず、病的体験を隠そうという素振りが見られ、幻覚や妄想の存在も否定していた。そのため、訴外市橋は、ゾテピン三〇〇ミリグラムの投与を続けることにしたが、薬剤の種類や投与量を若干変更した。その結果、同日から本件死亡事故当日までの間は、抗精神病薬として、ハロペリドール一八ミリグラム、ゾテピン三〇〇ミリグラム、抗パーキンソン剤として、塩酸トリヘキシフェニジル六ミリグラムをいずれも一日三回に分けて食前に、下剤として、アローゼン〇・五ミリグラム、カマ一ミリグラムを一日三回食後に、一日一回就眠前には、レボメプロマジン一〇〇ミリグラム(倍増。ただし、ベゲタミンA一錠とエスタゾラム二ミリグラムが削られた。)、プルゼニド三錠の投与を受けるようになつた。一一月三〇日午後五時頃ネグリジェ姿でホールに出てきて、看護婦も注意しようがないという姿でだらしなく足もとをくずして座つていた。午後八時頃の就眠前の投薬の際には、看護婦に「薬が効き過ぎます。少なくして下さい。ふらふらして困ります」と何度か訴え、看護婦がとにかく必要だからと説得してようやく服用させている。

15  一二月一日は午前二時三〇分頃トイレに起きてきて他の患者と話しているところを看護婦に注意されている。午前六時頃覚醒し、看護婦に他の患者の悪口を言つて怒つていたが、なだめられると、自室で化粧に夢中になつていた。午前七時頃にも他の患者を罵つていたが、朝食はおとなしく摂取していた。午前一〇時頃には便秘を訴え、看護婦からレシカルボン一錠を施薬されている。昼過ぎには入浴も一人で入りたいと言つて一人で入り、入浴後は相変わらず厚化粧をしている。午後四時三〇分頃看護婦に「父が五万円預けたつて言つてましたけど、お金がなくなつたから下さい。私のお金だから勝手でしよ。」と頑な態度で接し、一万円を受けとつている。夕食は時間をかけて摂取しており、夕食後は早くから化粧を落として臥床し、就眠前の投薬も入眠中の同女を起こして服用させている。

16  一二月二日は、午前一時一五分頃覚醒し、昨夜に続き不眠であつたため、看護婦から睡眠導入剤であるPーS一包の投与を受けて服用しているが、看護婦の「昨夜も不眠だつたが。」という質問に対しては、「喉が渇いちやつて」と答えている。その後は良眠であつたが、午前六時頃には化粧をして起きてきて、看護婦に「昨日初めてお薬をもらつて良く眠れたわ。今までは良く眠れていなかつた。不安恐怖感は昨日くらいからなくなつた。」などと話している。午前一〇時頃、相変わらず厚化粧で派手な服装をして他の男性患者に抱きつこうとしたり、目薬がなくなつたと言つて看護婦に目薬を催促していた。以前のように人に見られる感じはないとは言いながら、昨夜はよく眠れなかつたと言つて合同ミーティングには参加せず、臥床していた。その後、同室の他の患者に「このコップ使わなかつた?」と言つたり、「誰かが乙山さんのこと言つていたわよ。」と言つていたが、内容になると、「もう言いたくないわ。」と言おうとしない。夕食後もカラオケには加わらず、一人でラジオカセットを聴いたり、テレビを見たりしていた。

17  本件死亡事故当日である一二月三日は、午前三時三〇分頃起きてきて水を飲んだりしている。その後すぐに入眠したが、午前六時頃起きてきてネグリジェ姿のままうろうろし、他の患者に、いきなり「昨日の本どうした? 変だわ、昨日見てたじやない。」などと言つていたが、看護婦が何の本か尋ねても返事をせず、そのうち雑誌を持つてきて「あつたわ。これ、もらつていい? 必要なところ切つていい?」などと言い、看護婦が「どんなところが必要?」と聞くと気が変わつて「いいわ、やつぱり」と言つて戻る。同室の患者が起きてくると抱き合つている。午前中何回か家族に電話をしたところ、通じなかつたが、いらだつこともなく「またかけるわ」と言つていた。午前中、売店で飲物を買い、看護婦に「すごく喉が渇くんですよ」などと訴えているが、スカートのウェストの止め金がはまらないと言つて、はずしたままで歩いている。午前一〇時頃の検脈では脈搏が一分間に一二〇回を記録している。昼頃、訴外市橋から六回目の精神療法の施行を受けているが、化粧が薄くなり、態度も穏やかになつてきているものの、相変わらずマイペースで、他の患者への接近行動が見られ、少し干渉が多いことが指摘されている。病識はないが、治療の必要性は認めており、歩行失調や眠気は認められていない。訴外市橋は、その際、亡春子の脈搏を測つたが、一分間に九〇台まで下がつていた。

18  一二月三日午後一時三〇分頃一人で入浴したが、午後二時になつても戻らなかつたため、訴外草島が様子を見に浴室に行つたところ、脱衣室に履物はあつたものの、浴室のガラス戸越しに人影が見えなかつた。そこで、訴外草島は、浴室内に入つて見たところ、亡春子が浴槽内の湯の中に仰向けに倒れて沈んでいるのを発見したため、浴室の前にいた他の患者に声をかけ、他の看護婦を呼ぶよう依頼するとともに、亡春子の上半身を湯の中から引上げ、浴槽のへりで同女の体を支え胸部及び背部を圧迫して水を吐かせようとしたが、水の排出はなく、脈搏も橈骨動脈、股動脈で触れず、胸に耳をあてても心臓の鼓動を聴くことはできず、自発呼吸も停止しており、全身に強いチアノーゼ症状が出ていた。その時、川崎看護婦が駆けつけてきたことから、訴外草島は、川崎看護婦と二人で、亡春子を浴槽から引上げ、洗い場の床に仰向けに寝かせ、頭部後屈、下顎挙上をして気道の確保をし、続いて心マッサージを開始し、川崎看護婦には当直医と麻酔科への連絡を依頼した。ほどなく当直医の西山医師と小谷看護婦が到着したことから、交代し、西山医師と小谷看護婦において心マッサージと用手人工呼吸に当たつた。その際、亡春子の口腔内に吐物が認められたことから、訴外草島においてこれを除去している。続いて、午後二時過ぎ頃窪田医師らが到着し、バックによる人工呼吸を開始し、午後二時二〇分には窪田医師によりボスミン二Aが心臓内に注入され、テラプチク一Aが筋注された。午後二時三〇分には麻酔科の吉住医師が到着し、気管内挿管を施行し、挿管内の吸引により若干の吐物を吸引したが、吐物は主として昼食に出たりんごであつた。午後二時四〇分には酸素吸入を開始するとともに、窪田医師により心電図撮影が開始されたところ、心電図に心室細動が認められ、股動脈の搏動も触れるようになつた。続いて、内科の足立医師及び田中医師が到着し、午後三時には点滴を開始しメイロン五〇〇mlが、午後三時三〇分にはラクテック五〇〇mlとイノバン三Aがそれぞれ投与された。

19  午後三時四五分心マッサージ、人工呼吸、酸素吸入、点滴を続行しながら、集中治療室(ICU)に転科したが、意識はなく、心マッサージで血圧を六〇ないし八〇mmHgに保つも、マッサージを中止すると二〇mmHg以下となり、輸血や輸液を多量に行つたが回復せず、午後九時三〇分頃には心マッサージをしても血圧が上昇しないようになり、遂に、午後一〇時死亡するに至つた。

二  そこで、亡春子の死因について検討する。前記認定事実及び証拠によれば、次の各事実が認められる。

1  訴外市橋は、一二月四日亡春子の診療録に亡春子の死亡について、「嘔吐したらしい。直前一週間、体のふらつきや眠気は見られず、行動には活気があり、身辺の自立能力には問題はなく、院内外出自由であつた。脳波からは、てんかんは考えられない。心電図は正常である。軽い感情鈍麻を残し、人格変化(自己中心性、他罰傾向等)が見られるが、精神症状はほぼ寛解であつた。死因は溺死とのことであるが、浴槽内の事故にもかかわらず、外傷はなく、発作(Anfall)というより循環器ないし脳虚血か?」という内容の所見を記載している。さらに、訴外市橋が昭和五九年二月二九日作成した被保険者症状調査票においては、直接的死因は溺死、その原因については脳虚血が疑われるとし、更にその原因としては心臓の低形成があると記載されている。

なお、訴外市橋が亡春子の死因について脳虚血の疑いもある旨を診療録等に記載しているのは、浴槽内で何らかの原因により脳虚血状態に陥り、そのため意識障害を起こして水没した可能性もあると推測したことによるものと考えられる。

2  東京都監察医務院の監察医越永重四郎は、昭和五八年一二月四日午前一一時三五分亡春子の死体検案を行つているが、その死体検案調書においては、外傷としては、人工心マッサージ施行によつて生じた左第二ないし第七肋骨の骨折等が認められるほかは、他に創傷等は認められないこと、及び、亡春子は妄想型精神分裂病であつたが、墨東病院への入院後数日して症状軽快し、幻覚症状はほぼなくなり、若干の不安感情が残つていた程度であり、自殺念慮はなく、過去に自殺企図もなかつたことなどから、死因は不詳であり、剖検の必要を認めるとの指摘がされている。なお、墨東病院神経科病棟の浴槽は、縦七四センチメートル、横一七六センチメートル、高さ五三センチメートルで、一人が入つて両足を伸ばすと一杯になる広さであり、浴槽の底は洗い場の床と同じ高さで、湯の深さも約四十数センチメートルと浅く、通常、大人であれば溺れる心配はおよそないものであり、湯の温度も常に摂氏四〇度と温めに保たれており、心臓等に余計な負担をかけることのないように配慮がされていた。

3  東京都監察医務院の監察医冨永格は、一二月四日午後一時から一時四五分の間、亡春子の司法解剖を行つた。その結果によれば、亡春子には、両肺、肝臓及び腎臓にうつ血が見られ、血液は暗赤色流動性であるなど、いわゆる急死の所見が認められ、更に、その両肺には水腫及び気腫状変化が認められ、気管支内には水分が認められたものの、狭義の溺死(気道内に水を吸い込み、窒息死すること)の場合に特有の溺死肺や水性胃等の所見は認められず、胃の内容物も黒褐色の固形物(八〇cc)のみであり水分は認められなかつた。

4  他方、亡春子は、本件死亡事故当時、二六歳の女性であり、身長一六三センチメートル、体重五〇グラムと女性としては体格が大きく、栄養状態も良好と認められたが、心臓を中心とする臓器の一部に極端な発育不全が認められた。すなわち、心臓の重量は一七〇グラムで、二〇歳から二九歳までの女性の標準的な心臓の重量が二五四グラムであるのと比べると極端に小さく、大動脈幅も狭小で血管が細く、肝臓の重量も九七〇グラムで、標準が一一〇〇ないし一二〇〇グラムであるのと比べると小さく、腎臓には小児の腎臓に見られる胎生期分葉(小腎臓)が認められた。ただ、心臓の各房と各室のバランスはとれており、その心臓の大きさを前提とすると内部は尋常であり、特に生前に心臓に機能障害が生じていたことを示すような心肥大等の異常所見は認められず、他の臓器にも発育不全であることにより機能障害を生じていたことを示すような異常所見は認められなかつた。その他には、特に死因に結び付くような所見は全く認められなかつた。

5  ところで、日常特に身体的な異常が何ら認められないにもかかわらず、突然に原因不明の急死を遂げる例があり、東京都監察医務院においても、そのような突然死を遂げた者について過去に多数の剖検例を扱つていた。その中には亡春子の場合と同様に、心臓が正常より小さかつたり、大動脈や冠状動脈の幅が狭小であるなど、心臓・血管系に何らかの脆弱性が窺われる一方、他に死因となりうるような異常が認められず、そのために死因を急性心不全と推定した症例がいくつかあり(ただ、数としては多くはなく、特に死因が「心臓の低形成(発育不全)」とされた例は、亡春子まではなかつたようである。)、亡春子の場合も、心臓等に極端な発育不全が認められる以外、他に何らの異常も認められなかつたことから、冨永医師においては、東京都監察医務院の他の監察医と協議をした上で、同女の死因を「心臓の低形成(発育不全)」による急性心不全と推定した。

冨永医師は、右のように推定した根拠として、解剖学ないし組織学的に、他に異常所見は見当たらないこと、亡春子の心臓が極端に軽く、大動脈幅も狭小であり、肝臓もかなり小さく、腎臓には小腎像が認められ、全体に発育不全の傾向が顕著に認められたこと、一般的には形態が機能を反映すると考えられるところ、心臓等に極端な発育不全が認められれば、そこに機能的脆弱性も存在したと見るのが合理的であり、これに何らかの誘因が加わることにより、急性心不全が引き起こされた蓋然性が高いことなどをあげているが、急性心不全が引き起こされた誘因や機序については明らかでないとしている。

なお、冨永医師、部検記録や解剖報告書等において、亡春子の死因について「溺死」と記載しているところ、これは気道内に水を吸い込んで窒息死したという狭義の溺死の意味ではなく、広く水中死という広義の溺死の意味であり、亡春子が水中(浴槽内)で発見されたことから、その記載をしたもので、死因はあくまで心臓の低形成に基づく急性心不全であるとしている。

6  亡春子の両肺に見られた水腫及び気腫状の変化は、いずれも救急措置によつても生ずるものである。すなわち、肺気腫は、人工呼吸器の施用によつて、肺水腫は、ボスミンの投与や輸液などによつて生ずることが知られている。したがつて、右解剖所見だけからでは、亡春子の死因を狭義の溺死であると断定することはできないが、他方、亡春子に見られた肺水腫は、その程度が特に甚だしく、また、解剖の結果によれば、肺の重量は左肺七〇〇グラム、右肺八三〇グラムと、通常の重量が三〇〇ないし四〇〇グラムであるのと比してかなり重くなつており、冨永医師においても、心臓の極端な発育不全さえ認められなければ、発見時の状況を総合して、亡春子の死因は狭義の溺死と推定していたであろうと証言しており、同医師が亡春子の死因を狭義の溺死ではなく、急性心不全であると推定したのは、解剖学ないし組織学的に心臓等に極端な発育不全が認められたからであつて、病理学的には必ずしも明確な裏付けがあるわけではない。

7  ところで、心不全とは、心機能の異常が原因となつて組織代謝の要求に相応した割合で心臓が血液を駆出できなくなつた病態生理学的状態とされている。先天性あるいは後天性の傷害によつて起こつた心異常が長い間存在していても、機能障害が全くないか、ごく軽度のこともあるが、しばしば慢性的に過剰な負荷を受けていた心筋に更に負荷を増すような何らかの急性障害が起こると、更に心機能が悪化し、その経過中にはじめて臨床的な心不全の重篤な症状があらわれてくることもあるとされている。しかし、基礎的心疾患がない場合には急性障害はそれのみでは心不全に至ることがないのが普通とされている。心不全の誘因には様々なものがあるが、貧血や不整脈、心筋梗塞もそれらに含まれており、特に不整脈は、基礎に心疾患はもつているがよく代償されている患者では心不全の誘因として最も多いと指摘されている。

8  しかしながら、心臓の低形成ということに対しては、一般的な医学用語ではなく、ましてや疾患名ではなく、病理学上も、単に臓器が小さいというだけでは直ちに機能的脆弱性があるとは認められず、仮に、心臓が小さいことにより機能的にも脆弱であつたとすれば、当然、普段から心臓に過剰な負担がかかり、心肥大などの病的変化があらわれていたはずであり、解剖所見において亡春子の心臓の各房や各室が尋常であり、他の臓器にも機能不全を示すような病的変化が何らあらわれていなかつたことからすれば、生前、亡春子の心臓などには何ら機能不全は生じていなかつたと見るのが合理的であり、むしろ、心臓等の臓器は小さいながらも亡春子の身体に全体として適応していたと考えられるとの指摘がされている。実際にも、亡春子は、本件死亡事故当時まで、心臓などの臓器に異常を訴えたことはなく、むしろ中学、高校時代はバレーボール部に入つて活躍するなど、運動能力も平均以上であり、墨東病院への入院後においても、一一月二一日に心電図検査を受けているが、正常であつたことが確認されている。

9  他方で、抗精神病薬の投与については、適量であつても末梢神経系、全身の臓器や組織に少なからず影響を与え、随伴症状や副作用を生ずることが知られているが、そのような副作用としては、通常、精神症状、パーキンソン症状、脳波異常・けいれん発作、脱力・末梢神経症状、網膜・水晶体症状、皮膚症状、造血機能低下及びアレルギー性反応症状、心電図異常及び血圧調整障害、肝障害、胃腸症状(便秘・急性胃拡張・麻痺性イレウス)、多尿・口渇・尿閉・内分泌異常・体重増加などがあげられている。また、抗精神病薬の投与方法には、一種類の薬剤を投与する単剤投与と二種類以上の薬剤を投与する多剤投与があるが、多剤投与の方法によつた場合、薬剤の抗精神病薬作用や鎮静作用の総力価が上昇し、重篤な副作用が出現しやすくなるという欠点があることが指摘され、特に、ドーパミン遮断作用やノルエピネフリン遮断作用の強い抗精神病薬のみを多量に併用した場合には重篤な副作用発生の危険性が高くなるとされている。

さらに、抗精神病薬の過量投与によつて急性中毒状態に陥ることがあるところ、その臨床症状としては、意識混濁、運動失調、血圧障害、体温調節障害、発汗過多、心機能障害(頻脈、不整脈、洞房ブロック、房室ブロック)、尿閉、瞳孔障害などがあげられている。抗精神病薬の過量投与は、薬剤の増量によつて無意識的に生ずることがあるが、多種類の抗精神病薬が併用されている場合には、個々の抗精神病薬の投与量は少なく、総力価も低いと判断されても、その相乗作用により中毒状態になることがあると言われている。そして、中毒状態の初期には、歩行失調、構音障害、粗大振戦などの神経症状や、傾眠、せん妄、夜間せん妄、易刺激性、気分易変性など意識水準の動揺が見られ、これら精神症状は精神分裂病の精神症状と重複する症状があるため精神症状が悪化したように受け取れる場合が多く、鑑別の難しい場合も多いことから、精神症状の観察と同時に厳重な神経学的観察が必要であり、特に、脳波検査は、脳機能の状態を反映しているため、中毒状態の診断に有力な手段になるとされている。

なお、抗精神病薬の投与と関連して生ずるけいれん発作については、急性中毒、離脱状態、悪性症候群、アダム・ストーク症候群などの部分症状として発症することもあるが、全く予期せずに発症することも多く、抗精神病薬の投与前の脳波検査に異常所見が見られない症例や過去に電撃療法の治療歴がある場合などに非中毒量のけいれん発作が発生した症例なども報告されている。抗精神病薬によるけいれん発作の発現機序については明確な研究結果は得られていないが、脳波上、棘波(スパイク)を発生し、けいれん閾値を低下させる可能性が考えられており、抗精神病薬の投与により発作性律動異常波が発生する場合もあるとされている。抗精神病薬による治療中にけいれん発作の見られた症例として、情動分裂型精神病に罹患している二三歳の女性で、二一歳初発後、二回目の躁状態にありゾテピン三〇〇ミリグラム投与中(ゾテピンは、けいれん誘発の可能性の強い薬剤であるとの指摘がされている。)に全身のけいれん発作が見られた例が報告されており、その脳波所見では、基礎律動の徐波化、五ないし六HzのQ波の多量混入、非焦点性棘徐波結合が見られたが、既往歴にけいれん発作は見られず、抗精神病薬投与初期の脳波にも棘波が認められなかつたとされている。

10  また、抗精神病薬の中でも特にフェノチアジン系薬剤が、心臓・血管系に対して種々の影響があることはその使用当初から気付かれており、起立性低血圧を含む低血圧、頻脈あるいは毛細血管拡張などはこれらの薬物投与中にしばしば見られる副作用である。これらの副作用は、多くの場合重篤なものではなく、投与方法を慎重にすることや対症療法を行うことでこれらの症状の発現を軽減あるいは調節できることが多いが、時には心電図に変化を与え、重篤な不整脈や伝導障害を起こして死に至ることがあることが明らかとなつてきており、これらはよく知られている重篤な副作用である血液や肝機能の変化に比べてはるかに頻度として多いと報告されている。このような重篤な心電図変化は、急激に出現するものではなく、QT延長、T波の異常、STの変化は自覚症状のない時期でも恒常的に見られるものであり、心電図上、期外収縮が出現すると、患者はめまい感、心悸亢進を訴え、脳波に徐波化があらわれてくる。さらに、心室性頻脈が始まると、意識混濁から喪失へと進み、けいれんへと移行していくが、このような一連の変化は、二分から三分で完成され、そのきつかけとして、精神的な感動、入浴、激しい体動などがあつて、そのあとにめまい感や動揺感が起きることが多く、また、夜間にしばしば発作を起こすことがあると報告されている。フェノチアジン系薬剤による治療中に死亡した者については、剖検によつても死因不明のものが多数を占めているが、これに対しては、おそらくは心臓死の形をとつたものであろうとの推測がされている。

ところで、重篤な心電図変化を示したとして報告されている症例では、比較的急速な増量あるいは大量に増量した直後あるいは間もなくして重篤な変化が起きていることが多いと指摘されている。

なお、フェノチアジン系薬物とその服用中に起きる突然死との因果関係は、いまだ完全には明らかになつていないが、例えば、東京都立松沢病院における臨床例によれば、昭和二三年から同五〇年までの間における突然死の症例は三二例となつているところ、それらの症例で使用されている薬剤は、クロルプロマジン、レボメプロマジンなどが多いとは言え、全体では多種にわたつており、その使用量も、せいぜいクロルプロマジン一日三〇〇ミリグラム、レボメプロマジン一日一五〇ミリグラムまでであつて大量使用が全く見られず、クロルプロマジン一日七五ミリグラムの少量使用さえ見られたという報告がされている。

11  亡春子が本件死亡事故当時に投与を受けていた医薬品のうち、抗精神病薬の種類及び投与量について見ると、入院当日の一一月一五日は、二種類で合計五〇ミリグラム(ただし、一種類二五ミリグラムは抗ヒスタミン剤であり、抗精神病薬の副作用であるパーキンソン症候群の発症を抑制する薬剤でもあつた。)、同月一六日から同月一八日までの間は、四種類で合計一六一・五ミリグラム(三種類の薬剤による合剤が含まれており、うち一種類一二・五ミリグラムは抗パーキンソン剤でもあつた。)、同月一九日から同月二七日までの間は、五種類で合計一四五・五ミリグラム(うち三種類は合剤であり、うち一種類一二・五ミリグラムは抗パーキンソン剤でもあつた。)、同月二八日及び同月二九日の両日は、六種類で合計四四五・五ミリグラム(うち三種類は合剤であり、うち一種類一二・五ミリグラムは抗パーキンソン剤でもあつた。)、同月三〇日から本件死亡事故当日までの間は、四種類で合計四四三・〇ミリグラム(うち一種類二五ミリグラムは抗パーキンソン剤でもあつた。)であり、一一月二八日以降、総量で約三倍に増量されていた。このほかに、抗パーキンソン剤として、一一月一六日から本件死亡事故当日までの間、一種類六ミリグラムが継続して投与されていた。

12  さらに、亡春子に投与されていた抗精神病薬及び抗パーキンソン剤を個別的に見ると、一一月三〇日から本件死亡事故当日までの間においては、一日当たり、抗精神病薬としては、ハロペリドール一八ミリグラム、ゾテピン三〇〇ミリグラム、レボメプロマジン一〇〇ミリグラム、塩酸プロメタジン(ただし、本剤は抗パーキンソン剤でもある。)二五ミリグラム、抗パーキンソン剤としては、塩酸トリヘキシフェニジル六ミリグラムであつた。

これらを能書によつて見ると、ハロペリドールは、ドーパミン遮断作用(ゾテピンより強い。)やノルエピネフリン遮断作用などを有するブチロフェノン系薬剤であるが、継持量として一日三ないし六ミリグラムを経口投与し、年齢・症状により適宜増減するものとされ、副作用として、循環器に対しては、時に血圧降下、頻脈、心電図変化(QT間隔の延長、T波の変化等)があらわれることがあり、本剤による治療中原因不明の突然死が報告されていると指摘されている。

ゾテピンは、強力なドーパミン遮断作用(チオリダジンより強く、クロルプロマジンより弱い。ノルエプネフリン遮断作用も強いと推測されている。)を有するチエピン系の抗精神病薬であるが、フェノチアジン系化合物の類似化合物であり、通常成人一日七五ないし一五〇ミリグラムを分割経口投与し、年齢・症状により適宜増減するが、増量は一日四五〇ミリグラムまですることができるとされ、副作用として、循環器に対しては、時に血圧降下、頻脈、不整脈、息苦しさ、心電図変化があらわれることがあり、類似化合物のフェノチアジン系化合物による治療中原因不明の突然死が報告されていると指摘されている。レボメプロマジンは、強力なドーパミン遮断作用(クロルプロマジンの約二倍)を有するフェノチアジン系化合物であり、臨床的な鎮静効果はクロルプロマジンより五〇パーセント強く使用量はその三分の二で足りるが、催眠作用が強いため外来患者には適せず、もつぱら強度の精神分裂病に適応するとされており、維持量は一日五〇ないし七五ミリグラムで、通常成人一日二五ないし二〇〇ミリグラムを分割経口投与し、年齢・症状により適宜増減するが、極量は一日三〇〇ミリグラムとされ、副作用として、循環器に対しては、時に血圧降下、頻脈、不整脈、心疾患悪化、心電図変化があらわれることがあり、本剤による治療中、血圧降下、心電図変化(QT間隔の延長、T波の平低化や逆転、二峰性T波ないしU波の出現等)に続く突然死が報告されている、剖検によつても原因不明のことが多く、不整脈、心搏停止、急激な血圧降下、誤飲による窒息死が原因としてあげられるが薬剤との関係はまだ完全にはわかつていないと指摘されている。

塩酸プロメタジンは、フェノチアジン系の抗ヒスタミン剤であるが、通常成人一回五ないし二五ミリグラムを、一日一ないし三回経口投与し、年齢・症状により適宜増減するものとされ、副作用として、循環器に対しては、時に血圧上昇、低血圧、頻脈等があらわれることがあると指摘されている。

塩酸トリヘキシフェニジルは、抗精神病薬の投与によるパーキンソン症候群の発症を抑制する薬剤であるが、そのためには、一日二ないし一〇ミリグラムを三ないし四回に分割経口投与し、年齢・症状により適宜増減するものとされ、副作用として、循環器に対しては、心悸亢進等があらわれることがあり、相互作用として、フェノチアジン系化合物等との併用により本剤の作用が増強されることがあると指摘されている。

13  亡春子の血圧は、一一月一五日、同月一六日、同月一八日の三回測定されているが、一一六ないし七四mmHg、一一〇ないし七〇mmHg、一〇〇ないし六〇mmHgと次第に下降する傾向を示していた。脈搏は、一日一回午前一〇時頃看護婦によつて測定されていたが(ただし、一一月二七日は亡春子が午前中一杯寝ていたため測定されていない。)、一一月一五日から同月二一日までの間は、一分間に七〇台ないし八〇台の間で推移していたものの、同月二二日以降は一分間に九〇回を越えることが多くなり、一二月一日には一〇〇回、同月二日には九十数回、同月三日には一二〇回(ただし、昼頃に訴外市橋が検脈した際には九〇台まで下がつていた。)を記録し、かなりの頻脈があらわれている。なお、一一月二一日には、心電図検査のほか、血液や尿の検査も行つているが、いずれも異常は認められていない。

亡春子は、一一月一八日と一一月二九日の二回にわたつてポリグラフ検査を受け、その際に脳波検査を受けているが、一八日には正常域(一〇ないし一一、一一ないし一二Hzのα波が後頭領野に連続性良く出現していた。ただし、眠気のために上記α波の活動が抑制されると二〇ないし二五Hzの薬物因性の速波が出現し、前頭、中心領野に目立つとの指摘がされている。)の所見であつたものが、二九日には境界域(一〇ないし一一Hzのα波が後頭優位に出現するが、その出現の仕方は不規則で、前頭から中心領野にかけて八ないし九Hzのゆつくりとしたα波が優位を占めており、また、五ないし六HzのQ波がごく少量ではあるが中心領野に出現しており、全体として前回に比べ徐波化しているとの指摘がされている。)との所見に変わつており、検査医から特に「基礎波の徐波化を認めるが、おそらくは薬物による一般的変化と思われる」との付記がなされている。したがつて、一一月二九日の脳波のみだれは、亡春子が投与を受けていた抗精神病薬の影響によるものであり、その副作用が脳波レベルに発現していたものと考えられるところ、この変化は、主として一一月二八日になされた抗精神病薬の増量(中でも、ゾテピン三〇〇ミリグラムの投与)による影響と推認される。《証拠略》によれば、一一月一八日と一一月二九日のポリグラフ検査では、正式の心電図検査と比べると部分的なものではあるが心電図もとつていたところ、両日とも正常所見であつたとの証言部分があるが、どの程度の心電図がとられているか全く不明であつて、その正確性に疑問がある上、《証拠略》によれば、同証人自身は心電図について専門外でありこれを正確に読み取ることができないことから、同月二一日の心電図検査の所見についても、専門医である内科の医師に診てもらつたところ正常であるとの所見を得たというのであり、同月一八日と二九日のポリグラフ検査の際の心電図所見に関するその証言部分は、たやすく信用することができないというべきである。

14  亡春子の臨床症状、特に抗精神病薬の投与による副作用の発現状況を見ると、一一月一七日頃から、目がとろんとして寝ぼけている感じがする、ろれつがうまく回らない、体がだるい、ふらつきがある、口や喉が渇くなどと訴えるようになつたが、同月二五日からはしばらくそのような訴えは見られなくなつた。一一月二〇日頃からはかなり強い便秘症状も見られるようになり、座薬や浣腸などの下剤をしばしば投与されていたが、容易に改善されず、その強い便秘症状は本件死亡事故当日まで続いていた。抗精神病薬が増量された一一月二八日の昼から一両日の間は、特に訴えはないが、昼間でも臥床していたり、動作もゆつくりとしていた。その後、一一月三〇日から再びかなり強い口渇が見られ、夜間しばしば口渇のため覚醒するようになり、この症状は本件死亡事故当日まで続いていた。また、一一月三〇日の就眠前の投薬の際には看護婦に対して、「薬が効き過ぎるので少なくしてほしい。ふらふらして困る。」などと訴えていた。これらは、いずれも抗精神病薬による影響と考えられるが、他覚症状としては便秘と口渇が明瞭に認められたものの、ろれつが回らないとか、ふらつきがあるとの訴えに対しては、周囲の人間からは、はつきりと確認できるほどの症状は見られなかつた。また、亡春子の精神症状は、一一月二八日の午前中に一時増悪化したような症状を示したが、その後は抗精神病薬が増量されたことによるためか、次第に落ち着きを取り戻し(ただ、同月三〇日にはまだ担当看護婦を足蹴りするなどしている。)、本件死亡事故当日にはかなりの程度、その症状が改善されていた。ただ、一二月二日頃からは、やや活動的になり、他の患者への接近行動や干渉が見られるようになつていた。

15  亡春子は、本件死亡事故当時、下剤として、カマ一ミリグラムとアローゼン〇・五ミリグラムを一日三回食後に、プルゼニド三錠を一日一回就眠前にそれぞれ投与を受けていたが、このうちアローゼンとプルゼニドには副作用として、時に悪心、嘔吐、腹鳴等の症状があらわれることがあると指摘されている。他方、当時亡春子に投与されていた抗精神病薬には制吐作用があり、嘔吐症状を不顕性化することが知られている。

16  溺れて水を吸つた場合の主な症状は、呼吸器系と神経系に現われるが、呼吸器症状としては、無呼吸、呼吸促搏、胸骨下の灼熱感、ピンクの泡沫喀啖、呼吸困難、チアノーゼ、ラ音、水泡音、肺野の濁音界拡大など重症度によりさまざまな症状が生じ、神経系の症状としては、不安感、嗜眠傾向、けいれん発作が急性期に出現し、意識消失もよく見られるとされている。

溺死とは、通常全身が水中に没したために、気道内に液体が入ることによつて生ずる窒息死であり、これを狭義の溺死というが、溺水者の一割は気管内に液体を吸引する以前(したがつて、水が肺に達する以前)に、神経反射により喉頭けいれんや呼吸停止、心停止が起こり、死亡に至ることがあると推定されている。このほかに、水中死ではあるが、水を吸つて溺れるというのではなく、偶々水に入つていて病的発作を起こし、そのまま死に至る場合があり、これを含めて広義の溺死と呼ぶことがある。

なお、溺水の中には、何らかの原因で意識を喪失して水中に没し、その後も意識を失つたまま水を吸つて溺れて狭義の溺死に至る場合があり、この中には、脳卒中や心筋梗塞、狭心症、てんかん、脳血管障害、脳外傷、薬物中毒等の器質的病変があることにより病的発作が起こつて意識が消失し、その結果溺れるという場合と、器質的病変なくして他の誘因により水に入つて意識がなくなり溺れるという場合とがある。後者は、冷水による反射、飲酒、胃の膨満、恐怖感等が誘因としてあげられている。

17  入浴は、一般に、新陣代謝を促進し、気分を爽快にし、全身清拭の効果があるが、弊害として、エネルギー消費量が最も多いことから、疲労し、また、寒さにさらされると、血液循環の不均衡化があらわれることがある。湯の温度については、四二ないし四三度以上の高温になると、温度刺激で皮膚の血管はまず収縮し、次いで拡張し、心機能が亢進するとともに全身の代謝が盛んになるが、入浴時間によつては疲労が激しくなるとされており、これに対して、四〇度程度であれば、急激な血管の反応は見られず、代謝もさほど亢進せず、精神も鎮静化される傾向があるとされている。

以上の各事実を前提にして、亡春子の死因について検討する。

まず、狭義の溺死の可能性についてであるが、剖検の結果によれば、亡春子には溺死肺や水性胃などの溺死特有の所見は認められず、気管支内にも水分は認められたものの、水分の貯留までは認められず、胃の内容物も固形物のみであり、水は飲んでいなかつたこと、発見当時においても、訴外草島において亡春子の胸部及び背部を圧迫して水を吐かせようとした際、水は全く出てこなかつたこと、亡春子は嘔吐しており、口腔内には嘔吐した吐物がつまつていたこと、気管内挿管をして挿管内の吸引をした際にも若干の吐物は出てきたが、水は確認されていないこと、亡春子の身体には人工心マッサージの施行によつて生じた骨折等のほか外傷は全く認められなかつたことなどからすれば、亡春子が気道内に浴槽内の湯を吸い込んで窒息死したという可能性はまず考えられないというべきであり、したがつて、亡春子が浴槽内の湯の中に沈む際にはすでに意識を喪失し、自発呼吸も停止していた(おそらくは心機能もほとんど停止に近い状態にあつた。)ものと推認するのが相当である。

そうすると、亡春子は、入浴中に、何らかの原因により病的発作を起こして、嘔吐し(ただし、嘔吐自体は下剤による副作用の可能性も否定することはできない。)、更にそれと同時に、若しくはそれと相前後して、意識喪失及び呼吸停止の状態となり、浴槽内の湯の中に沈んだものと考えるのが相当であり、最終的な死因としては、心臓死(急性心不全)であつた蓋然性が極めて高いものと考えられる。

そして、そのような心臓死を引き起こすに至つた主たる原因としては、心臓の低形成(発育不全)と抗精神病薬による心臓・血管系への副作用の二つが考えられるところ、このうち抗精神病薬による心臓・血管系への副作用が直接的原因となり(なお、入浴が契機となつたことは否定できないが、入浴自体はほとんど原因力を有していなかつたと認められる。)、これに心臓の低形成という身体的素因がその副作用をより重篤化させる因子として働いたことにより、急性心不全をもたらし、死の転帰をとるに至つたものと認めるのが相当である。(亡春子の脳波には一一月二九日の時点で基礎波の徐波化などの変化が認められ、抗精神病薬の影響が明瞭に現れていたところ、過去の報告例からすると、脳波の徐波化は、抗精神病薬による重篤な心電図変化及びこれに続く突然死の生ずる過程でも起こるとされているものであり、特に脳波の徐波化が現れる段階では、心電図上も期外収縮や不整脈が出現するとともに、患者は一見心気的傾向として片付けられるようなめまい感や心悸亢進等の自覚症状を訴えることが多いと指摘されており、事実、亡春子は一一月三〇日頃から顕著な口渇のほか、同日の就眠時には看護婦に、「薬が効き過ぎるので少なくしてほしい。ふらふらして困る。」などと自覚症状を訴え、更に、一二月一日からはかなり顕著な頻脈傾向が見られ、同月三日の午前中には最高値を記録していたこと、抗精神病薬の副作用により心臓・血管系にいよいよ重篤な不整脈や伝導障害などが発現して、意識混濁から喪失へと進み、更にけいれんなどへと移行する場合、その一連の変化は二分から三分程度で完成されるとされていること、そのような重篤な変化は、抗精神病薬の比較的急速な増量あるいは大量に増量した直後あるいは間もなくして起きることが多いとされていることなどからすると、本件死亡事故の際、亡春子には、抗精神病薬の副作用としてその心臓・血管系に、重篤な不整脈や伝導障害などの障害が現れ、それらが直接的な原因となつて急性心不全を引き起こしたものと推認するのが相当である。なお、心臓の低形成は、それ自体は疾患名ではなく、亡春子の生前においても低形成のために機能不全を生じていたことまでは認められないとはいえ、その程度が極めて顕著であつて心臓等に過剰な負担がかかつた場合にはその耐性に劣るところがあると考えるのが合理的であること、抗精神病薬の投与中に起こる突然死の原因や機序が必ずしも明らかになつておらず、その死因が心臓・血管系が障害されたことによる心臓死であると推定されているにとどまることなどからすると、亡春子の場合、心臓の低成形が、抗精神病薬の副作用による心臓・血管系の病変をより加速し、死の転帰に寄与した可能性を否定することができないというべきである。)

しかして、亡春子の心臓の低形成がその死亡の結果に寄与した割合は、多くとも四割を上回ることはないというべきである。(抗精神病薬の副作用による突然死そのものは、心臓等に低形成などの異常所見が全く認められない場合にも起こることが報告されており、亡春子に心臓の低形成がなかつたとしても同様の結果を生じた可能性も否定することができない上、亡春子は生前運動能力が平均以上あり、特に心臓等に機能障害を生じていたことは認められず、その心臓等は小さいながらも亡春子の身体に全体としてよく適応していたと考えられることなどからすると、本件死亡事故の際に亡春子に生じていた抗精神病薬の副作用による心臓・血管系の病変は、それ自体でも重篤な結果を引き起こしうる強力な原因力を有していたものと認めるのが相当である。)

三  そこで、被告に債務不履行があつたか、すなわち、訴外市橋及び訴外草島において、原告ら主張のような診療契約上の注意義務違反があつたか否かについて検討する。

まず、訴外市橋の注意義務違反の有無について検討する。証拠によれば、精神分裂病の治療のために入院している患者に対して、抗精神病薬等の医薬品を投与して診療行為をなすについては、次のような注意義務が担当医師に対して課されていたことは明らかというべきである。

1  抗精神病薬については、たとえ適量の投与であつても末梢神経系、全身の臓器や組織に少なからず影響を与え、さまざまな随伴症状や副作用を生じ、時には心電図変化を生じ、重篤な不整脈や伝導障害を起こして死に至ることもあることから、抗精神病薬を投与するにあたつては、他の内臓諸器官とともに、特に心臓・血管系への副作用の発現に十分に注意し、その監視を怠らないようにしなければならない。

したがつて、抗精神病薬の投与前においては、詳しい問診や、必要な検査(脈搏や血圧の測定、心電図や脳波の検査、血液や尿の生科学検査など)を行い、内臓諸器官、特に心臓・血管系に疾患や既往歴がないかどうか、過去に薬剤に対するアレルギー等がなかつたかなどを確認しなければならない。さらに、抗精神病薬を投与するにあたつては、各薬剤に添付されている能書の用法及び用量に従うとともに、その使用上の注意を遵守して投与を適切に行い、投与期間中においても、患者の臨床症状を厳重に観察することはもとより、脈搏や血圧の測定、心電図や脳波の検査など、必要な検査を定期的に行うことにより、副作用の発現を監視し、重篤な結果の発生を未然に防止することに努めなければならない。

2  ハロペリドール、ゾテピン、レボメプロマジンなどの抗精神病薬については、それぞれの能書において、時に血圧降下、頻脈、不整脈、心疾患悪化等が現れることがあるので、観察を十分に行い慎重に投与すること、及び、血圧降下、心電図変化(QT間隔の延長、T波の平低化や逆転、二峰性T波ないしU波の出現等)が現れることがあり、これに続く突然死も報告されているので、患者の観察を十分に行い心電図に異常が認められた場合には抗精神病薬の減量又はその投与を中止することなどの指摘がされており、担当医師として、これらの薬剤を投与するにあたつては、右のような使用上の注意事項を遵守し、重篤な結果の発生を未然に防止することに努めなければならない。

3  抗精神病薬を多種類併用する場合には、その併用によつて抗精神病作用や鎮静作用の総力価が上昇し、あるいはその相乗作用により重篤な副作用が出現しやすくなることから、より慎重に行うべきであり、特に強力なドーパミン遮断作用やノルエピネフリン遮断作用を有する抗精神病薬ばかりを多量に併用することはその危険性が高くなるのでなるべくこれを避けるようにしなければならない。初発症例や長期間抗精神病薬を断薬していた後に抗精神病薬を再投与する症例では単剤の投与で開始するのが望ましく、その薬剤の適量ないし最高値までを使用した後に効果判定を行うべきであり、治療効果が得られた場合には、約一ないし三か月間同量を使用しその後漸減していき、治療効果が不十分な場合や副作用が強い場合には、他剤に変更し、同じ操作を繰り返しながら、有効な抗精神病薬を見つけていくなどの努力をすべきであり、このような努力を経た上で多種類の抗精神病薬を併用することは妥当であるが、治療初期から、特に初発症例の治療当初からの多種類併用は慎むべきであり、治療初期からこれを行う場合には、より一層の注意をすべきである。

4  抗精神病薬の投与期間中に突然死が発生する頻度は全体として見れば必ずしも高いものとは言えないが、抗精神病薬服用者における突然死の頻度は、これを服用していない者に比べて高いことは事実であり、特に心疾患の既往歴を有する患者においては、心電図変化を生じやすいことから、その投与は慎重に行う必要がある。また、抗精神病薬の投与が長期間に及んだり、あるいは投与量が増えれば増えるほど、心電図変化をより生じやすくなるので、そのような場合には心電図検査を頻回に行う必要がある。心電図変化の所見については、ST変化よりも、P波、PQ間隔、PR間隔など、伝導系の異常所見の方が、洞房ブロックや心室粗動など、危険な状態に発展する可能性があるのでより一層注意する必要がある。

5  抗精神病薬の中でも、特にフェノチアジン系薬物については、その投与によつて心電図にST変化やT波の異常等が持続的に現れ、精神的な感動、入浴、激しい体動などの種々の因子(食事中や睡眠中に突然死を遂げた例も報告されている。)がきつかけとなつて、心臓・血管系に重篤な病変を生じ、時には突然死を遂げることがあることが事実として明らかになつてきており、また、いつたん重篤な調律異常や伝導障害などを生じた場合には、決定的な薬物療法はなく、胸腔内ペースメーカーや除細動器などは使用することができるが、このような処置をとつても不幸な転帰をとる症例が少なくないことから、そのような重篤な心電図変化や自・他覚症状が出現する前に適切な処置を講ずることが必要である。 その予防対策としては、<1>抗精神病薬の投与前にできるだけ心電図検査を行い、比較的少量を投与している場合でも、期間が長くなるときはもちろん、投与期間中は定期的な心電図検査を行うこと、<2>重篤な心電図変化を示したとして報告されている症例では、重篤な変化を示す前に、一見、心気的傾向として片付けられるような息苦しさ、胸苦しさ、動悸、めまい感などの自覚症状があつたり、不整脈や期外収縮などの所見が認められることが少なくないので、患者からそのような訴えがあつた場合には、これを単なる心気的傾向として片付けることのないよう注意すること(したがつて、そのような場合には、心電図検査や血圧の測定を行うなどしてその原因を確認すべきである。)、<3>もし心電図に異常が出現した場合には、心電図変化の起きにくい薬物に変更したり、事情が許せば投薬を中止することが望ましく、やむを得ない場合には、症状をコントロールできる最少限の投与量に極力おさえ、不用意な増量は避けること、<4>薬物を増量する場合、従来の報告では比較的急速な増量あるいは大量に増量した直後あるいは間もなくして重篤な変化が起きていることが多いので、増量する場合には十分に注意すること、<5>フェノチアジン系の抗パーキンソン剤のみの投与で心電図に重篤な変化を生じたという報告はなされていないが、動物実験では心臓に影響を及ぼすことが報告されているので、習慣的に漫然と同系の抗パーキンソン剤を併用することは避け、また、従来の報告で比較的心電図変化を起こしやすいとされているチオリダジン、クロルプロマジン、レボメプロマジンなどを相互に組合せて投与することはできるだけ避けることなどの方法があるので、これらの配慮を行う必要がある。

6  抗精神病薬の投与によつてけいれん発作が起きる場合があるが、その予防のためには、投与前に脳波検査を行い、棘波や発汗性不規則律動の有無を確認する必要があり、特に投与前に発作性異常波が存在する場合には、抗けいれん剤を併用するとともに、より安全なブチロフェノン系の抗精神病薬を選択し、大量投与を控え、定期的な脳波検査を施行しなければならない。発作性異常波が見られない場合でも、抗精神病薬の大量投与や多種類の併用、特にレボメプロマジン、ハロペリドール、ゾテピンのように脳内のモノアミン神経遮断作用の強い抗精神病薬の併用はなるべく控えるようにしなければならない。さらに、精神症状が重症であるため、大量の抗精神病薬の投与が必要な症例や、ゾテピンのようにけいれん誘発の可能性の強い抗精神病薬を用いる場合には、頻回の脳波検査と抗けいれん剤の併用をするなどの配慮が必要である。なお、脳波の徐波化は、重篤な心電図変化の過程でも出現することがあるので注意しなければならない。

7  抗精神病薬の副作用には、低血圧、全身倦怠、眠気、ふらつき、立ちくらみなど、低血圧症候群として総称されるもの(便秘を伴うものが多いとされる。)があり、これらの症状の発現を早期に発見するための方法としては、血圧測定が最も簡易・迅速なものであるが、抗精神病薬投与中の患者の血圧の測定値は、突然死等の重篤な副作用の発見の入口になることがあることから、定期的な血圧測定が望ましく、もし低血圧が持続する場合には重篤な副作用の発生につながる危険性があるので十分に注意しなければならず、他の臨床症状や心電図所見等を総合的に検討した上、適宜抗精神病薬の減量や投与中止あるいは血圧の修復に役立つ薬剤の使用等の処置を考える必要がある。

8  抗精神病薬には、精神分裂病の再発しやすさ、慢性期や晩期の欠陥状態や陰性症状、慢性・持続性の幻覚・妄想や行動異常等に無力ないし効果が乏しいという薬効上の限界があるが、抗精神病薬の開発された一九五〇年代から、通常の臨床用量をはるかに上回る高用量を投与することによりこうした抗精神病薬の限界を克服しようという大量療法がかなり積極的に試みられたが、一九六〇年代後半からの検討により、本件死亡事故当時にまでには、<1>大量療法は一般的に通常用量の治療よりも優れた効果をもたらすとは言えず、また、副作用も多く生ずること、<2>大量療法が極めて限定的に有用な場合としては、通常用量の治療で難治性の慢性分裂病患者で、比較的若く、比較的入院期間が短く、陽性症状を有する患者である場合と、急性精神病患者の治療初期で、吸収障害や代謝亢進が推定され、有効な量の体内薬物濃度が得られないことが見込まれる場合とがわずかに確認されているにとどまること、<3>慢性分裂病患者も急性分裂病患者も抗精神病薬への反応には極めて個体差が大きいこと、<4>抗精神病薬の効果の用量依存性は疑わしく、むしろ大まかな有効上限用量が存在する可能性があることなどが知られるようになつていた。

なお、一九七〇年代においても、ハロペリドールなど、フェノチアジン系薬剤に比べてより安全であるとされている薬剤について大量投与(一日三〇ないし二〇〇ミリグラム以上)の試みがされており、時に軽度の血圧下降を伴う以外、心臓・血管系には副作用を生ぜず、フェノチアジン系薬剤とは異なり何ら心電図上の変化ももたらさないとの報告もあるが、他方、ハロペリドールの大量投与(一日一〇ないし二四〇ミリグラム)で症状が改善したものはごく少数例にすぎず、むしろ眠気、攻撃性、筋力低下、転倒しやすさ、けいれん発作などの副作用を増大させるなどとの報告もあり、その有効性については疑問視されている。

したがつて、抗精神病薬を投与するについては、患者の病態と病期及び個体差に応じた適切な量を、その効果と安全性を監視しつつ使用することが最も必要であり、各薬剤の能書に記載された用法及び用量や使用上の注意を無視することがあつてはならないとされている。

そこで、以上のような本件死亡事故当時の医療の一般的・水準的な知見や指摘に基づき、訴外市橋による本件診療行為の当否について判断するに、以下の点において、訴外市橋には診療契約上の注意義務違反があつたというべきである。

すなわち、前記第二項及び第三項並びに右に認定した事実によれば、本件死亡事故当時に亡春子に投与されていたハロペリドール、ゾテピン、レボメプロマジンなどの抗精神病薬については、副作用として、時に血圧降下、頻脈、不整脈、心電図変化等が現れることがあり、血圧降下、心電図変化(QT間隔の延長、T波の平低化や逆転、二峰性T波ないしU波の出現等)に続く突然死も報告されていたことから、その投与にあたつては、患者の観察を十分に行い、脈搏はもとより、血圧や心電図の検査を定期的に行うことにより、右のような副作用の発現に注意しつつ慎重に行う必要があり、特に薬物を増量する場合には比較的急速な増量あるいは大量に増量した直後あるいは間もなくして重篤な変化が生ずることが多いので十分に注意し、もし血圧降下や不整脈、心電図変化等の異常が出現した場合には、心臓・血管系への副作用の少ない薬剤に変更し、あるいは事情が許せば投与を中止し、やむを得ない場合でも患者の精神症状をコントロールできる最少限までその投与量に減量する必要があつたところ、訴外市橋においては、脈搏こそ一日一回午前一〇時頃看護婦をしてこれを測定させていたものの、血圧については一一月一八日までに三回にわたつて看護婦をしてこれを測定させたのみであり、心電図検査に至つては同月二一日に一回これを行つたのみであつたにもかかわらず、同月二八日いきなり抗精神病薬の投与量を三倍に増量した上、同月二九日の脳波検査では、同月一八日の同検査では正常域の所見であつたものが、境界域の所見に変わり、明らかに抗精神病薬の急激な増量の影響により、基礎波の徐波化等の変化が認められるようになり、また、亡春子においても同月三〇日午前からかなり強い口渇が見られ、同日の就眠前には「薬が効き過ぎるので少なくしてほしい。ふらふらして困る。」などを訴えるようになり、脈搏も一二月一日には一分間に一〇〇回、同月二日には同九十数回、同月三日には同一二〇回を記録するなど、明らかに頻脈傾向が見られるようになつていたにもかかわらず、訴外市橋は、これらに格別の注意を払わず、血圧測定や心電図検査も行わないまま、漫然と一一月二八日以降、三倍に増量した抗精神病薬の投与を続けていたことが認められる(同月三〇日に薬剤の種類及び量を若干変えているが、総体的にはほとんど減量されていない)。

しかして、一一月二八日昼頃の薬剤の急激な増量の影響により、翌二九日以降、亡春子の脳波や循環器系に明らかな異常が認められるようになつていたのであるから、担当医師としては、血圧測定や心電図検査等を頻回に行い、抗精神病薬による副作用の発現の状況を的確に把握するとともに、薬剤の投与をいつたん中止するか、これができない場合でもこれを最少限まで減量し、あるいは心臓・血管系への影響の少ない薬剤に変更するなどの処置を講ずるべき注意義務があつたことは明らかであり、これを怠つた訴外市橋には、その点において、診療契約上の注意義務違反があつたものというべきである。

したがつて、訴外市橋には、右説示の注意義務違反、したがつて、前記診療契約上の債務の不履行(不完全履行)があつたものというべきである。

なお、原告は、訴外市橋について、右以外に、亡春子の入浴にあたつての安全配慮義務の懈怠を診療契約上の注意義務違反として主張しているけれども、本件全証拠によつてもこれを認めることができない(亡春子の死因が狭義の溺死ではなく、抗精神病薬による副作用等を主因とする急性心不全であつたとする以上、入浴中でなくとも同様の事態が起こり得たと考えられ、入浴にあたつての安全配慮義務と本件死亡事故の発生とは直接の関連を有しないというベきである)。

また、原告は、訴外草島について、亡春子の入浴にあたつての安全配慮義務の懈怠及び浴槽内に沈んでいる亡春子を発見した際の救急措置義務の懈怠を診療契約上の注意義務違反として主張しているけれども、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

四  すすんで、訴外市橋の前記債務不履行と亡春子の死亡との相当因果関係について検討する。

亡春子の死因は、抗精神病薬の副作用によつて心臓・血管系に重篤な障害が生じたことを主たる原因とする心臓死(急性心不全)であり、その過程では心臓の低形成という身体的素因がその副作用を重篤化させる因子として働いていたと考えられるところ、前記認定事実によれば、抗精神病薬の副作用によつていつたん重篤な不整脈や伝導障害などが生じた場合には決定的な治療法はなく、不幸な転帰をとることが少なくないとはいえ、このような重篤な変化は急激に出現するものではなく、それに先立つて心電図にST変化やT波の異常等が持続的に現れ、また、患者においては動悸やめまい感などの自覚症状を訴えたり、不整脈や期外収縮、脳波の徐波化、血圧降下などの異常所見が認められたりすることから、そのような異常が出現した段階において速やかに、抗精神病薬の投与をいつたん中止するか、それができない場合でもその投与量を最少限まで減量し、あるいは心臓・血管系への影響の少ない薬剤に変更するなどの予防処置を講ずることによつて、死亡等の重篤な結果を回避することは十分に可能であつたことが認められる。

しかして、訴外市橋において、亡春子に脳波や循環器等に異常が認められるようになつた時点で(一一月二九日から一二月三日の午前中までの間に)、血圧測定や心電図検査等を頻回に行い、抗精神病薬による副作用の発現の状況を的確に把握するとともに、薬剤の投与の中止や減量あるいは薬剤の変更等の処置を適切に講じていたならば、亡春子は救命され得た蓋然性が極めて高かつたものと推認するのが相当であり、したがつて、訴外市橋の前記債務不履行は、亡春子の死亡の結果に対し、相当因果関係があるものというべきである。

五  続いて、被告の不法行為責任について検討する。

前記認定事実によれば、訴外市橋の前記債務不履行は、同時に診療上の過失に該当するものと認められる。

したがつて、その限度において、被告の債務不履行責任と不法行為責任とが競合するというべきである。なお、その余の原告らが主張する訴外市橋及び同草島の過失については、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

六  損害について検討する。

1  亡春子の逸失利益

亡春子は、死亡当時、二六歳の女子であつて、重度の妄想型精神分裂病に罹患して閉鎖病棟に入院していたものであり、症状が寛解すれば退院することは可能であつたが、永続的な通院と抗精神病薬の服用が必要であつたことからすれば、亡春子の労働能力は、健常者の四〇パーセントと認めるのが相当である。そして、昭和五八年の賃金センサスによる全女子労働者の平均給与収入は年額二一一万〇二〇〇円であるところ、亡春子は存命しておれば、満六七歳までの四一年間は就労可能であつたものというべきであるから、生活費として六〇パーセントを控除し、中間利息の控除につきライプニッツ式計算法(ライプニッツ係数は一七・二九四)を用いて死亡時における亡春子の逸失利益を算定すると、その合計額は、五八三万九〇〇八円となる(二一一万〇二〇〇円×〇・四×〇・四×一七・二九四)。

2  亡春子の慰謝料

亡春子の身分関係、亡春子の墨東病院に入院してから本件死亡事故により死亡に至るまでの経緯、訴外市橋の診療契約上の注意義務違反の程度等の諸般の事情を考慮すれば、亡春子の被つた精神的苦痛を慰謝する金額としては、五〇〇万円をもつて相当と認める。

3  亡春子の損害賠償請求権の相続による承継

原告両名は亡春子の父母であり、両名以外に亡春子には相続人がいないことについては当事者間に争いがないから、亡春子の被告に対する前記損害賠償請求権(五八三万九〇〇八円+五〇〇万円=一〇八三万九〇〇八円)は相続により原告両名に各二分の一(五四一万九五〇四円)宛承継された。

4  原告ら固有の慰謝料

原告らと亡春子の身分関係、亡春子の死亡に至る経緯その他諸般の事情を考慮すれば、原告らの被つた精神的苦痛を慰謝する金額としては、各五〇万円をもつて相当と認める。

5  葬儀費用

《証拠略》によれば、原告らは、亡春子の葬儀費用として約五〇〇万円を支出していることが認められ、右葬儀費用のうち原告らが本訴において請求する各四〇万円の二分の一(各二〇万円)が、本件死亡事故における訴外市橋の診療契約上の注意義務違反と相当因果関係のある損害というべきである。

6  過失相殺法理の類推による減額

亡春子は、訴外市橋の診療契約上の注意義務違反がなければ救命されていたと推認されることは既に認定したとおりであるが、他方、亡春子の死亡の結果については、心臓の低形成という身体的素因が抗精神病薬の副作用による変化を加速し、死の転帰に寄与した可能性を否定することができないことからすれば、亡春子の死亡による損害を全額被告の負担とするのは相当でなく、過失相殺法理を類推してその損害賠償の額を減額するのが相当である。

しかして、その減額の割合は、被害者の右身体的素因が死亡の結果に寄与した程度によるのが相当というべきところ、前記認定のとおり、亡春子の心臓の低形成がその死亡の結果に寄与した割合は、多くとも四割を上回ることはないというべきであり、したがつて、被告が負担すべき損害賠償の額は全損害の六割をもつて相当と認める。

結局、右減額後の原告らの損害賠償請求権の額は、六一一万九五〇四円(五四一万九五〇四円+五〇万円+二〇万円)の各六割(各三六七万一七〇二円)となる(一円未満四捨五入)。

7  弁護士費用

原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであるところ、本件事案の性質、審理の経過、請求認容額その他諸般の事情を勘案すれば、本件死亡事故における訴外市橋の診療契約上の注意義務違反と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告らにつき各四〇万円とするのが相当である。

8  ところで、原告らは、本件損害賠償請求において、亡春子が死亡した日である昭和五八年一二月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をも求めているところ、主位的請求原因である債務不履行に基づく損害賠償請求権は期限の定めのない債権であり、民法四一二条三項により催告によつて遅滞に陥るものと解されることから、遅延損害金については、予備的請求原因である不法行為による損害賠償請求権に基づいてこれを認めることとする。

七  結論

よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、各四〇七万一七〇二円及びこれに対する亡春子が死亡した日である昭和五八年一二月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 北村史雄 裁判官 田近年則)

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